megamouthの葬列

長い旅路の終わり

白米にゴマ油を

たらすと、疑いなく不味くなるのだが、不思議と食欲をそそる風味にはなる。
そして、醤油をかければ、ひとまずは食えなくもない味になる。
最近、腹は空くが、食欲がないので、酒とこういう食事で生きながらえている。

とりとめのない書き出しなのは、とりとめがない事を書こうとしているからで、あなたもこういうタイトルのエントリを開いてしまったのだから、相応の覚悟はしているものとして書く。

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ある精神疾患持ちの社員が、社長と面談して通院はどのくらいの間隔でしているのか、と問われたので、2週間に1回です。毎回薬代合わせて3,000円ほどはかかりますので、大変です。と他意なく答えたところ、その社長は「その半分は俺が払ってるんやけどな」と言い放った。

当人からどう思います?と問われて、私は言葉を失うよりなかった。
社会保険の労使折半を「社員の医療費を自分が半分払ってやっている」と考える経営者がいるということにひっくり返りそうになった。
後に労務士をしている人に尋ねると、そういう認識の経営者はそれほど珍しくはないそうだ。特に、個人事業主から法人成りした経営者に多いという。


あるしがないプラスチック製品の工場があって、そこに工業デザイナーを目指す若者が入社した。
彼は工場で作ることのできるプラスチックの玩具を提案し、そのブランディングに力を注いだ。
美しい写真を撮り、チラシを作った。ハイ・コンセプトなWebページも作った。

私は仕事の縁でその話に関わった。実際にその製品を手にとったこともあるが、彼の作った美麗なWebページやイメージボードと比べると、バリは残っているし、染料の色は下品だし、それほど良い質のものとは思えなかった。

しかし、その製品は企業規模にしては破格のヒットをした。
どこかの美術館のギャラリーショップに置かれたり、お洒落なカフェに飾られるようになった。
彼のブランディングは成功したのである。

その頃合いで、デザイナーの彼は解雇された。
風の噂ではあるが、給与を上げて欲しいと主張しての末の解雇であったらしい。
私は、憤ってその話をかねてより長い付き合いのある経営者に話した。そのプラスチック工場主の非道を糾弾する目的もあった。
彼は私の話を聞いて「気の毒な話ですね」と悲しげに頭を振った。そして、どこか諦めたような表情でこうも続けた。「でも、そんな話はゴロゴロありますよ。珍しい話じゃない」

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ネットの評判というのは口さがない。現実社会で発言されたものであれば、当然に常識を疑われるようなことでも、ネットでなら発言できるし、LikeやFavといった控えめな賛同を得ることだってできる。

その一つに、「人の命には軽重がある」という考えがある。

何とか建託の営業が何人自殺しようが、どこかの求人ベンチャーの女性が自殺して、経営者が彼女の本名をしめやかにブログに書き記し、追悼と称して彼女のフォトギャラリーを作ろうが、ネットは別として、特に公権力は関心を示すことがない。

貧困家庭の女性が、奨学金の返済を苦にした女性が、やむにやまれず、または騙されて性産業に足を踏み入れようが、それもまた一つの社会問題として、難しい顔をした社会学者が本の2,3冊を書くのが関の山である。

しかし、ひとたび、東大を出て大手代理店に入った女性がパワハラを苦にして自殺したり、最高学府の女が成人向けビデオに出れば、すぐさま公正取引委員会が、警察権力が、鬼十則を守っただけの上司や、ビデオ屋の雇われ社長の逮捕のために動き出す。

これを命の軽重と言わずして、何と言うか。と一部のネット人は憤りをあらわにする。
私はこのような考えをわかりはするけれども、正確ではない。と思っている。

命の軽重があるのではなく、話題の軽重があるのである。
彼女たちは珍しい存在だから、その死や転落が報道され、観測されているのであるし、観測されてしまった以上、公権力は何らかの働きを世に示さなければならない。ただ、それだけのメカニズムである。
もちろん、それが道徳的であるか、正しい社会の姿であるかは別の話である。

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曽野綾子の伴侶といったほうが通りが良い故・三浦朱門は「平凡な人間は実直な精神だけを持てば良い」という考えを持っていたようである。
そのような人々が不遇をかこち、また不幸な人々を再生産し続ける時代が表出するということを、どうやら考えなかったらしい。

彼の言う「実直な人々」は結婚もできず、低賃金で、この社会を回転させ続けている。
例えば私のような怠惰で、世をなめきった札付きの不良が、その身を滅ぼすならばわかる。

しかし、そうでない人が、金汚くなく、謙虚で、人並みに優しかった人々が、グローバリズムや、為替による過当競争や、シュリンクする市場などのどれかの原因で、搾取され、パワハラに適応して、心貧しくなり、些細なことに怒り、同じ立場の人間を死に追いやっている現実に、その外側で酒を嘗めている私さえ、辟易せざるを得ないのである。

これは私が望んだ世界ではない。しかし、同時に私がこの世界にしてやれることはもはや何一つない。という事に気づいて単に暗澹たる気持ちになる。

せめて文章でも、と思うが、出てくるのはこんなとりとめのない愚痴しかない。

かくして私は、食欲を無くし、また白米にゴマ油をたらすのである。


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