megamouthの葬列

長い旅路の終わり

事業のわかるITエンジニアはどこにいるのか

「事業のわかるITエンジニアが全然いない」問題というのがある。
Twitterあたりでは割と禁句というか、ほぼ確実に荒れる話題で、言えば燃える。
誰かの言葉を引用するのも差し障りがあるので、頑張って再現してみると

エンジニアは文句ばっかりで、マネジメントやビジネス・プロセスを変えようともしない。文句を言う前に偉くなって自分でビジネスを変えるべきだろ。エンジニアが変えなくて誰が変えるんだよ。

みたいな感じだ。

どっかの経営者や、平日昼間からツイッターしてていつ仕事してるかわかんねえ系の人が、よく口走ったりブログに書いたりする。すぐさま、場末のSESで汗水たらしているプログラマっぽいアカウントが(これまたなぜ昼間からツイートできるのかわからない)「うるせえ、手取り23万でそんなことまでやってられるか、第一お前らだって技術のことわかってねえだろ」と四方八方から引用RTでボコボコ殴ってくる。
何度も何度も繰り返されているので、年末の忠臣蔵みたいなもんなんだろう、と思っている。誰にも相手にされなくて寂しい夜にはおススメかもしれない。


この文脈で言う「事業のわかるITエンジニア」つまりは、偉くなって経営に参画したITエンジニアは別に珍しくもなんともない、とすぐにわかる。単純化すれば「決算書の読めるITエンジニア」のことだからである。

有名どころでは、任天堂の故岩田社長はHAL研究所の天才プログラマだったし、ホリエモン堀江貴文氏も若い頃はチマチマPerl書いたり、秋葉でサーバー買ってくるみたいなことをしていた。現役だとさくらインターネットの社長なんかが典型的だろう。
ベンチャー界隈を見れば転職サイトの検索条件に「社長がエンジニア」というチェック項目があるぐらいにはウヨウヨいるし、そこそこの規模の開発会社に行けば、ITエンジニアの執行役員ぐらいすぐ見つかる。
彼らは事業や経営を理解してないのだろうか?粗利も原価計算もできない技術バカ一代でその地位を築いたのだろうか?そんなわけがない。
いるところにはいるし、いなければ、社内の優秀なプログラマを、財務のプロと組ませて一度決算書でも作ってみればいい。それで「事業のわかるITエンジニア」の一丁上がりである。優秀なエンジニアは簿記を理解できないのではなくて、理解する気も必要もないだけなのだ。


炎上狙いではなく、素朴に「事業のわかるITエンジニアが全然いない」と言っている人は、ITから縁遠い人が多い。
彼らの身近なITエンジニアは社内SEか、下請け企業のプログラマだろう。ヨレヨレのTシャツでリモート会議に出てくる彼らが、あまりにビジネスを理解しないで、納期を引き延ばす口上ばかり述べるので、やれやれ、と頭を振りながら、「もったいないな」と純粋に思っているのだ。
ビジネスを理解したら、君たちが持っている知識で事業を創造したら、君たちは年収1200万貰えてハッピーだし、僕たちもハッピーになれるじゃないか。と素朴に考えているのである。

そういう人に「事業のわかるITエンジニア」のイメージを尋ねてみると、当のITエンジニアからは、どう見てもコレジャナイ感が漂ってる人を例示してきたり、実際に連れてこられて困惑することがしばしばある。

僕は天才ITエンジニアなんですが、日本はここが遅れてるんですよね、みたいなことを、TVに出演して、真っ暗な背景を背に立ち食いそば屋みたいなやたら小さい椅子に座って、見えないロクロを回している感じの人である。
よくよく調べてみると、これといった論文もなければ、とりたててOSSになっている業績もない、その筋のコミュニティでは全く知られていないか、せいぜい「あーあの人ね(笑)」ぐらいの扱いをされている人で、ようするに異様に口の上手くて投資家筋にコネのあるITエンジニア風の謎紳士である。(目を離した隙に、プログラミングやセキュリティの基本的なことをわかってないツイートをして、いつのまにかボッコボコにされてたりするから油断できない)
違う、そうじゃないんだ。と言いたくなる。


一つの視点では、彼らは「事業のわかるITエンジニア」ではなく、「夢を語って経営に参画してくれるITエンジニア」を求めているのかもしれない。それは確かに数が少ない。
なぜなら優秀なITエンジニアは夢を自信満々に語ったりはできないからである。優秀であればあるほど、現時点では姿形も見えない巨大市場を語る勇気をなくすのがITエンジニアだからである。

少し説明しよう。都合上、「夢」=事業創造=潜在需要の発見として話をする。

ネット広告は、SNSは、動画サイトは、30年前は姿形もなかった。何もない砂漠の一角にすぎなかった。そこに資本と高度な技術がドバドバ流し込まれて、今日の巨大な都市が成立したのだ。

ここでは、莫大な油田を掘るためのボーリングマシンとしてIT技術が使われている。優秀なITエンジニアは単体で、地中深くの原油に到達できる鋭い杭を持つ、と考えられている。
地面を掘る前に、立ち止まってみよう。まず事業創造には需要が必要である。何も存在しないところに供給のための資本を、油をくみ上げるための呼び水を流し込むにしろ、それに応ずる需要が結局ないのであれば、それはただの浪費である。流し込んだ費用は、砂漠に小さなシミを作って終わる。私たちは原油が眠っている場所を探す必要があるのだ。

ITエンジニアの世界観では、油田は、潜在需要は、canの辺縁にあると考えられている。

世の中には「出来る(can)」と「出来ない(can't)」があり、「出来る」が描く真円が日々着々と広がっている中で、その円周のどこか一点で天高く黒い油が噴き出す、というイメージだ。
ソニーウォークマンの成功を思い起こしてみよう。トランジスタメカトロニクスの発展が、「出来る」の円が、じわじわと広がって「携帯できるカセットプレイヤー」に到達したとき、まさしく今日の「歩きながら音楽を聴く」需要が掘り起こされたのだ。

ITエンジニアとは、常に「出来る」「出来ない」を問い続ける仕事である。彼らの不断の努力はまさに「出来る」を広げることのみに特化されており、円の外側に向かって全力疾走している彼らが振り返ることは基本的にない。
だから、誰でも簡単に「出来る」ことを、あるいは既に存在して、それほど成功していないことを、円の内側のある地点を、ある日突然巨大な資本でぶん殴ってみたら油が沸いた、という話は(実際ゴマンとある話なのだが)残念ながらITエンジニアの視界にはない、のである。

さて、「出来る(can)」の辺縁にある需要のことだが、今、あらゆる円周上に立っているのはたいていGAFAMのエンジニアたちだ。日本のIT企業でそこに立てている人は数えるほどしかいない。そしてそのことは日本のITエンジニアの誰もが知る「常識」であり、自分だけは例外であると考える向こう見ずが生き残れる業界でもない。

だから優秀なITエンジニアは軽はずみに夢を語らないのである。彼らが語り得るのは、せいぜいが確実に投資が回収できそうというだけの、あるいは個人的にチャレンジングなだけのごく狭い領域であり、日本の土地全部買うたる的な「夢」とは似ても似つかないのである。


結局のところ「事業のわかるITエンジニアが全然いない」と嘆いている人の原因は、「事業のわかるITエンジニア」の定義を間違っているか、その人の視界に入ってないだけ、ということなのではないだろうか。



追記:
誤字直しました。ごめん