megamouthの葬列

長い旅路の終わり

マイ アイアン ラング

徹夜明けの朝、つけっぱなしのテレビから、朝のワイドショーから、ヒステリックな女の声がTVから流れてくる。
それはある女代議士の声で、部下の無能さを車の中で罵っているのだ。

その声には単なる叱責とは異なった、病的で狂気を帯びた響きがある。

それが白日の下にさらされた時に醸しだされる滑稽さも含めて、私はこれをよく知っている。

母の怒鳴り声と同じなのだ。

昔、母は常軌を逸した怒り方をした。その矛先は主に父であったので、つまりはよく夫婦喧嘩をしていたということになる。

母の怒りの原因は父そのものに起因するというよりは、祖父(彼女にとっては舅)を代表する父の親族にあった。また、父も言い返すというよりはじっと母の罵声に耐え続けていたので、厳密にこれが夫婦喧嘩と呼べるかはわからないし、夫婦仲が悪い、という表現も当たっていないように思う(このあたりが家族というものの謎めいたところだ)

子供の頃の思い出のほとんどに「夫婦喧嘩」をしている二人の姿がある。
私達兄弟はその度に、子供部屋の薄暗がりに身を潜めて、ドアの隙間から差し込むおぼろげな蛍光灯の下で怒鳴り散らす母の怒声に身をすくめるのだ。


母があれほどの剣幕で怒りを表現するのだから、きっと父とその親族は母に対して非道な仕打ちをしているのだろう、と私は子供心に思った。
母に同情的であった私は、それを解決する力が自分にあれば、とも考えていたが、幼い自分にはそれはひどく非現実的なことのように思えたし、年上の兄の諦観したような表情を見ていると、そんなことは到底無理なことなのだろう、と思う他なかった。


兄は大学進学を期に家を出ていき、私もまた分別のつく年頃になった。
そうなると母とそれをとりまく、我が家の事情というものも薄々わかってくる。

結論から言うと、母の怒りは、結婚当初から今に至るまで、父の親族にいじわるをされたり、金銭的に迷惑をかけられたということから構成されていた。
もちろん母に分のある話もあったが、ほとんどはさっさと忘れてしまったほうがいいような事であったり、または適当な第三者を介在させれば解決できそうな問題ばかりだった。

しかし、母は、それらを解決しようとはしなかったようだ。むしろ、繰り返し繰り返し、過去の問題を思い出しては自分の怒りのボルテージを釣り上げ、父に罵声を浴びせ続ける方法を選んでいた。

同じことを繰り返しながら違う結果を望むことを狂気という。


そういう意味ではまさしく彼女のそれは狂気であった。
兄は家を出る時、私に何も忠告はしなかったが、彼が母を見る目はぞっとするほど侮蔑と冷淡さに溢れていて、全てをわかっていたように思える。そして実際、それ以来兄は、家に帰ってくることはなかった。

しかし、私はどうにも母を放っておく気にはなれなかった。年を追う毎に母の狂気は暴力的な色彩を帯びるようになっていて、物に当たったり、父に手をあげることも多くなった。
一度は、学校から帰ると、台所中に米粒が散乱している時もあった。
黙ってそれを箒とちり取りで片付けている父の後ろ姿を見ていると、家族が所詮は一つの幻想に過ぎないとわかってはいても、自分が、関与せずにはいられないような心持ちになったものだ。

私は時々、父に代わって、母の話し相手を務めるようになった。
夫婦の場合とは違って、母の声のトーンは穏やかだったが、新婚当初に父の親戚に嫌味を言われたというようなエピソードを、3度めであろうが、5度目であろうが、まるで、自分は初めてこの話を私に打ち明けたのだという調子で語るのだ。

私は父が耐えてきた苦痛を思った。そして、その話が直接自分とは関わりがないということの幸運を噛み締めた。


だが、その幸運すらも長くは続かなかった。

私が大学を辞めたからである。

母の標的は私に移った。

栄光のエリートの安定した生活を捨て去り、莫大な学費をドブに捨て、さらには母の自尊心を踏みにじった大罪人として、私は裁かれることになった。もちろん刑罰は決まっている。永遠の、終わりなき罵倒である。


大学を辞めた私が、IT業界に潜り込んで生計をたてようが、少ない給料の中から幾らかを捻出して母に返そうが、そんなことは何の解決にもならなかった。

何度も書くが、彼女は解決を望んではいないのだ。損なわれた自尊心の償いを求めているのだ。


だから、私はあのヒステリックな声の裏側に潜むもののことをよく知っている。同時に、それに対処する最善の方法も知っている。
できるだけ速やかにその場を立ち去り、あの声の主から遠くへ逃げることだ。


私は、実際にそうした。


しかし、逃げ込んだ先で、かつての家族を思い出さないこともない。

ずっと昔、radioheadのMy Iron Lungの序盤のフレーズが頭の中を流れた時、ふと幻想を見たことがある。

それは、玄関のドアを開けると、よく晴れた初夏の日差しの中に、私の家族が立っているというものだ。
父も、兄も、母も、皆がにこやかな表情で立っているのだ。
正常な、狂気のない、暖かで、穏やかな家族の一人として、私を迎える為に。

それはかすかに残った家族の欠片が見せた幻だったろうか。
理知的に生きてもなお残っていた、私の魂が密かに望んでいた物なのかもしれない。


私の家族は悲惨だったのだろうか?と思う時がある。
母が悪かったのだろうか?父が悪かったのだろうか?
今に至っても私にはわからない。

ただ、そこに、ぽつねんと狂気があり、そしてそれこそが私達家族であった、としか言いようがないのである。


The Bends?[国内盤 / 解説・歌詞対訳付] (XLCDJP780)

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