megamouthの葬列

長い旅路の終わり

誰も勃起してはならぬ

勃起することは男にとって全ての諸悪の根源である。

勃起、言うなれば、男性の性の発露が陰に陽に、女性に対するセクハラとして、さらには暴行事件などとして顕在化することは改めて述べるまでもないだろう。

それ以外にも勃起の害悪は社会に蔓延している。

特定の個人に関わることについて具体的な例示は避けるが、
仮定の話として、国内のITエンジニアとして最高の地位と年収とストックオプションを手にした男が、女子大生に一度勃起してしまったばっかりに、
リベンジポルノされ、その性癖と射精に至る時間までも暴露されてしまい、自分のブログで、彼女の言い分では付き合い始めたのは2014年からとなっておりますが、それはセフレ期間を含んでおりますので、正確には2015年からとなります。という何言ってんだお前感溢れる釈明に追われてしまうといった事態も考えうるのである。

また勃起は女子大生とラブホテルにいる時だけ発生するものではない。
意中の異性、または不特定多数の異性が自分に好意を抱くのではないか、という予測が成立している状況、端的に言えば、「今俺すっげえイケてる」と考えている場合においてすら発生する。


昔、私はあるアートイベントの会議にオブザーバーとして呼ばれたことがある。
そこではアートイベントの方向性について白熱した議論が行われているのだが、どうも様子がおかしい。
どういうターゲットを想定するのか、集客の為にどのような行動が必要か、などという現実に立脚した議論が全く行われず、
抽象的で、しかし、聞き心地だけはいいアート論、理想論が飛び交い、誰かが話だす度、議論が、たちまち上空かなたに飛翔していくのである。
私は訝しんで、ふと、熱弁をふるっているどこぞのアートディレクターの股間を見てしまった。

勃起していた。

なるほど、こういう議論をする時、人は軒並み勃起しているものなのだ。と、私は深く感心した。
そして、その後アートイベントは意味不明のコンセプトと、よくわからない内容で、不評に終わった。
ただ一度の勃起が一つの機会を台無しにすることがあり得るということ、これはおおっぴらに語られることはないが、事実である。


あるいは、このエピソードから勃起が本来有能であった人を無能にすることがある、ということが読み取れるかもしれない。

そしてそれが、この社会に男性諸氏を巧妙に「勃起」に誘導せんと、あらゆる仕掛けが蔓延している理由である。
まるで今すぐ関係を結べそうな女性の写真を、通販カタログが如く並べる出会い系広告、
性に積極的すぎる少年とその叔母との情事を、アパートの上階から陰茎めがけて落下する女性を、あそこは地獄穴ですだよに落ちた田舎のブスを描いたWeb漫画広告、
ビールのCMで、何かいかがわしいものを飲み干す珍妙なかけ言葉を連呼する女性たち。
これら全ては「勃起」を通じて冷静な判断力を失わせ、購買意欲を高めんとする闇のマーケティング理論を元に行われており、そこには女性の尊厳を全く無視しているばかりか、良いものを作って、消費者に正当に判断してもらおうという、真っ当な商道徳すら欠片もない。
これらの企画もまた、勃起したマーケティングディレクターによって発案されたことが、明白なのである。


見てきたように、勃起がもたらす害悪は様々である。しかし、なぜ男性諸氏は勃起をやめようとしないのであろうか。

かつて、精力が減退した老人は、「長老」として敬われ、その判断には一目置かれたものだ。
言うまでもなく、老人は勃起しないからである。

しかし、現代においては、バイアグラの密輸などで、当の老人までが勃起能力を手に入れようと必死になっている。
(念の為注釈するが、不妊治療など正当な目的での勃起不全治療薬としてのバイアグラを否定するものではない)

なぜ彼らは卵子に向かって泳動する精子のごとく勃起をやめないのであろうか。
疑問を抱いた私は、かつて山本夏彦翁が言った言葉を思い出した。

新聞や雑誌の本文は読むに値しない、広告を見よ。

私もそのようにしよう。センテンス・スプリングとゲス勃起カップルに称された雑誌の広告などを漫然と眺めていると、果たしてそこに答えはあった。

マムシドリンクやスッポンサプリメントの広告に踊るコピーがそれだ。

「男性の自信回復」
「毎日の活力」
「生涯現役」

逆に言えば、世の男性は自信と活力を失い、いつ自分が若い人間にとって変わられるか、戦々恐々としているということだ。
そういう時、勃起は彼らに偽りの万能感を与えてくれるらしい。

なるほど、これは覚せい剤中毒のメカニズムとほぼ同じである。

精神的並びに肉体的に、最早超人と化した彼には如何なる離れ業も可能と感じさせるのです。彼にとって、人生などほんのマンガです。そしてスピーダー(覚せい剤乱用者)は快感の敷き詰められた道路をひた走るのです。

この無意味に詩的な文章は公益財団法人 麻薬・覚せい剤乱用センターからの引用であるが、
まさしく、勃起も同様の感覚を引き起こしていると考えられる。

勃起こそは社会の害悪である、という私の論理は、図らずも、男性諸氏によって、独占され、秘匿され続けた合法ドラッグの一手法を見つけてしまったようだ。

繰り返し言う。勃起は諸悪の根源である。全ての男性は今すぐ勃起をやめるべきだ。
伊藤直也の死を無駄にしてはならない。