megamouthの葬列

長い旅路の終わり

反なろう小説と、万能性の核

www.asahi.com

死にました。どっかの水族館に入れば見に行けるなあと思っていたので残念です。

私今、すごく疲れていて、本当はこんなのを書くべきじゃない精神状態なんですけど、マイスリーデパスと酒という、私にとっては昏倒レベルのカクテルを飲み干したところなんで、なんか書いています。
多分、ひどい内容になると思いますけど、皆さんとは長い付き合いなんで許してくださいな。

反なろう小説

kakuyomu.jp

こういうコンテストがあります。「転生モノ不可」ということで少し話題になったので、聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
賞金の10万字で30万円=3円/文字というのが、ライター基準で言うと、「小説でもそんなに安いの?」っていうものだったりするのですけど、新人賞ですので、応募する方も沢山いらっしゃるでしょう。

あと、関係ないですけど、カクヨムで応募ということは、落選しても「ネットで発表済み」ということになって、他の文学賞に応募できなくなったりしないんですかね?そう考えるとカクヨムのコンテストってひどい排他性があるわけで、応募者にそういうリスクがあることを明示していないのがモヤモヤします。

話を戻して「転生モノ不可」というレギュレーションは、元祖の「小説家になろう」で行われた文学フリマ短編小説賞|文学フリマ×小説家になろうでも規定があったのですけど、こちらのほうは、「文学」というラノベとは対極にあるものが対象だったので、致し方ないところだと思うんです。(ラノベ↔文学という対立項をたてるのは実は乱暴な議論で、本当はこんな単純化して書くものではないですが、勘弁してください)

で、novel 0のほうなんですけど、なんか普通に「大人のラノベ」レーベルみたいな雰囲気なんですよね。とすると、どうして「転生モノ不可」なんていう規定をくっつけたのだろう?というのが不思議になります。

もう一つのレギュレーションに「成人男性の主人公」というのがあって、こちらは、そういう「制限」をしたほうが、レーベルカラーに合った作品も集まりやすいですし、何より既にカクヨムにアップしてあるのを応募してやろう勢を止めると同時に、創作意欲を掻き立てる部分があっていいと思うんです。

まあ「転生モノ不可」もその一貫かもしれないですけど、この部分がクローズアップされて(それも計算のうちかもしれませんが)この賞自体が、「反なろう」の色彩を帯びていると騒がれるのは少しおもしろい現象だな、と感じました。

なろう小説とは何か

私は、なろう小説を今だに読んでません。トップページ見るだけで頭痛がするからです。ごめんなさい。
なので、以下は想像です。

なろう小説とは、実質「転生モノ」である。と言ってしまってもあながち間違いではないでしょう。
もちろんそうでない小説もあるでしょうけど、そういうのはランキングにはあまり上がってこないし、上がってきても、転生してないだけで、転生モノの特徴である

  • 主人公が異世界に干渉する
  • 異世界の人間が大体バカ
  • 主人公がモテる
  • 主人公が無双する

という属性を備えているような気がします。だからまあ、「転生モノじゃないにしても、転生モノの属性を備えた小説」を典型的な「なろう」小説と呼んでもいいと思います。

読んだことのない私が簡単になろう小説っぽいものを書けるのは、別になろう小説を研究したからではなく、手口が見え透いているからです。
作者や読者の「万能性の核」を描いた作品だということが明白なので、それに反しないように書けば、大体「なろう小説」になるのです。

万能性の核

この言葉は、以前にひきこもりやニートについて書かれた秀逸なブログ記事で見かけて、強く印象に残った言葉です。(URLを忘れてしまったので、誰かそのブログ記事を見かけた方がいらっしゃいましたら教えてください)

曰く、ひきこもりやニートが社会に参画しないのは、彼らの中の「核」として「万能性」というものがあるからだ。

という主張です。この万能性というのは言わば何もしていないことによって守られている可能性の塊です。
簡単に言えば、まだ何もしていない人間は挫折も同時にしませんから、いつかは小説家になれるし、医者になることだってできるし、サッカー選手にだってなることが理論上は可能なわけです。

実際、馬鹿げたと考え方だと私も思いますし、当人も、まさか今から東大理Ⅲに入って医者になれるとは本気で信じていないでしょうが、可能性を留保することで、「医者になれなかった人」には決してならないわけです。

だから彼らはある意味で「万能」ですし、自ら就職したりして、自らその万能性を捨てるような不合理な真似はしないわけです。

で、そのブログの主張を思い出しながら書きますが、この「万能性の核」を持った人間を社会に引きずり出すには、彼らの能力を一つに限定しなければならない。本当は何にでもなれるんだけど、それら全てを捨てさせて、例えば俺はITエンジニアになるんだ。という方向に持っていかなければならない。

その為には、誰かが彼らにそれを求める必要がある。

つまり「ニート君大変なんだ!今まさにITエンジニア必要なんだ!そうでないとみんなが困ってしまう!だからITエンジニアになってくれないか!?」と頼む必要があるわけです。このような「求め」は万能性を放棄することの対価として、世界に彼の居場所である、役割を与えてくれます。

そうされて、初めてニート君は、万能性の核をぶち破り、ITエンジニアとしてのつらい一歩を踏み出すことができる、

そういう感じで対応しないと、ひきこもりもニート問題も解決しないんじゃないかなーというのがブログの趣旨でした。


まあ、そのような方法がニート支援の方法論として現実的であるかどうかはともかくですが、
もし、ニート君にとって、万能性を維持したまま、自分が要求されるようなことがあれば、それが一番ベストでしょう。
「なろう」小説の序盤の構造(大塚英志風に言うなら出立)では、異世界の神や、エルフの少女などによって、主人公は異世界に引き込まれますが、この万能性の放棄を要求されることはありません。

そしてまた、「現代の知識」であったり、神に与えられた具現化された「万能性」によって、異世界の問題を次々と解決するわけです。

つまりは、なろう小説とは、「万能性の核」を持ったままで、心のなかでは欲していた他者の要求によって、何者かになれてしまう、という作者や読者にとっては、まことに都合の良い(ムシのいい)構造を持った物語と言えるかもしれません。

反「なろう小説」とは何だろうか?

そういう意味では、novel 0のコンテンストが「反なろう小説」を求めているのであれば、読者の投影対象となる主人公にこの「万能性の核」を放棄させる必要があります。

すなわち、「万能性を失った人」=成人を主人公にし、また「転生モノ」のような安易な方法で、その「欠落」を回復させてもいけない。ということです。

これは、novel 0のレギュレーションと奇妙にも一致します。

同時にnovel 0が本格ミステリのノベル文庫レーベルでもないことを合わせて考えると、このコンテストが求めている作品は、

「なろう小説」の主人公が「万能性の核」を放棄した後、その欠落を探し求める、または、欠落したまま生き続ける物語
すなわち、ポスト「なろう小説」なのではないだろうか、と考えられるわけです。


以上は全て私の妄想なので、応募しようと思っている方は鵜呑みにしないようにしてください。
案外、普通の正統派ファンタジー騎士物語とか、天才探偵が出て来るミステリが受賞しちゃうこともあると思います。

でも、私がこの「反なろう小説」を思いついた時、「そんなのがあるなら読んでみたい」と思ったことも事実です。もし、賛同してくれる方がいらっしゃたら、是非書いてみてください。私にはもうそんな物語がないので、書きませんが。

以上です。

業務連絡

もう充分エントリを書いたので、このエントリを持って懺悔とし、今月いっぱいはお休みです。

自分的には、今月でやりたかったことは全部やった。という印象を持っています。
残念ながら、それでいて、反響としてはこの体たらくなので、(それが全てではありませんが)
このブログを続ける意義も昔と比べて薄れてきています。
来月からはあまり更新ペースにこだわらずにやっていこうかなと思います。

辞める時は、ちゃんとそう言いますから、これは終了宣言ではありません。
なので、読者の皆様におかれましては、気長にお待ち頂けましたら、望外の喜びです。

それではまた、いつか、どこかで。