megamouthの葬列

長い旅路の終わり

文芸

ソリティアおじさん

中年になったのでソリティアおじさんになりたい、と思った。西日差す窓際で、Windowsに入っているソリティアというゲームを日がな一日やり続けて、給料を貰っているおじさんにである。ソリティアおじさんは伝説の存在だ。私も実は、目にした事はない。主に大…

その暗き流れのほとりにて

奇妙な夢を見ていた。昔住んでいた子供部屋の窓から、降りしきる雨を見ている夢だった。 雨は随分前から降り続けている。外を見下げるとアスファルトに薄い雨の膜が出来あがっていて、濁った水が側溝の格子から際限なく運び去られていく。それでも雨の勢いが…

氷河期世代に告ぐ

曖昧な男だった。 真っ暗な客席が取り囲む舞台の中心に立って、スポットライトで照らされた黒いスーツの輪郭が、強すぎる光に半ば溶けていた。男は手を後ろにまわして、観衆の凝視を楽しむように、静止している。 時々、遠くを見るように顔を上げ、肩より上…

学習期の終わり

1 いたるところで人々が配給食をもらうために列をなしている。 皆、小奇麗な格好をしているが、その瞳は虚ろで生気がない。 給食の順番が来たら、各人の埋め込み(インプラント)デバイスに通知されるシステムはとっくの昔からあるというのに、それでも何故…

1999

私たちの世代について、説得力のある主張でもなく、論評でもなく、ただ、腑に落ちる話をしたいと思っている。1999年のある日のことを覚えている。 その日は家庭教師のバイトがあって、私は外で時間を潰す必要があった。空は厚い雲で覆われていて、まとわりつ…

4つのしまりのない鎮魂曲 4/4

4 金がないのである。 どうしてこんなに金がないのか。 花輪和一の「刑務所の中 (講談社漫画文庫)」(私はこの漫画の台詞を全て諳んじることができる)から引用すれば、「貧乏の天才だな」と言ったところである。 フリーランスWebエンジニアである私は、多少…

4つのしまりのない鎮魂曲 3/4

3 そこの停留所からバスで20分ほどだ、と言われて、有名な鍾乳洞にやってきたが、入り口から5分ほどで、私はサンダルで来た事を後悔しはじめていた。 進路は金属板や平らにならされたコンクリートであったが、それらは天井から際限なく落ちてくる水滴によっ…

4つのしまりのない鎮魂曲 1/2

1 それは特別な夜ではあったが、家全体を覆う奇妙な沈黙以外は普段と変わったところはない、平凡な夜でもあった。 私は、プロバイダから届いたVDSLモデルを電話線につないだりして、インターネットの設定を終えたところだった。 振り返ると母が所在無げにリ…

ブルー・ルームにようこそ

1 俺はもう何のゲームにも勝てないし、何の学校も卒業できないし、何の仕事も満足に終えることができない、ということがわかったのは、深夜残業の連続で脳が焼き尽くされて、大量のSSRIを噛み砕いた後だった。生憎、自分を憐れんでクヨクヨするような性分で…

ダーク&ロング

1 ほとんど暗闇のフロアに小さなスモークマシンが出した煙。そこに申し訳程度のレーザーが光る。 壁面にはVJの映像がプロジェクターで投影されているのに、WinAmpのVisualizationそのままで、僕はVJのいるブースを見上げたが、彼はリズムに乗りながらDJの名…

プログラマの美徳

これの続き 午前2時に目が覚めた。確か悪夢を見ていたような気がする。 目を開けると、寝室の壁中に文字が浮かんでは消える幻が見えた。 僕は特に驚くでもなく、ベッドに身を横たえたまま文字に目を凝らす。 漢字ともひらがなともとれない文字は、全く読み取…

例えば勝手に夜が明けてしまうこと

目が覚めた時は、すでに夜の0時であった。 私は、猛烈に腹が減っていた。近所の住人に気が付かれないように、玄関の扉を開けると夜の街が静かに開いた。コンビニにたどり着くと、誰もいない店内で目についた不健康そうな食料をカゴに放り込んで、無表情な店…

大学を中退した男の末路、あるいは瓦礫を歩むということ

幼い頃、私は世界はいずれ滅ぶものだと思っていた。ある日、兄と朝食を食べていた時に、核戦争か何かで文明が滅び去ってしまったら、私は政治家になって瓦礫の世界を復興するのだ、と言った。もし世界が滅ばなかったらどうするのか?と兄はバカにしたように…

夏が実際には来なくて、ワクワクするような、虚しいような、あの時が、ずっと続けばいいのに

ショッピングモールの冷房が効きすぎているわけでもないのに、この喫煙室が妙に肌寒いのは、もう9月も半ばになっているせいというだけではなさそうだった。 黄ばんだ液晶テレビは、海で楽しそうに煙草を吸う男女を繰り返し再生し続けていて、まるで、この汚…

遠い音楽

音楽が、孤独な人間の味方であり、夢であった時代があった。夕暮れの強い西日の差し込む自室に、浅く埃のかぶった黒く大きなラジカセが奏でる音が、受験勉強に勤しむ青年の心の支えであったり、本を読み空想の世界を旅する少女に寄り添えていた時代があった…