megamouthの葬列

長い旅路の終わり

夏が実際には来なくて、ワクワクするような、虚しいような、あの時が、ずっと続けばいいのに

ショッピングモールの冷房が効きすぎているわけでもないのに、この喫煙室が妙に肌寒いのは、もう9月も半ばになっているせいというだけではなさそうだった。
黄ばんだ液晶テレビは、海で楽しそうに煙草を吸う男女を繰り返し再生し続けていて、まるで、この汚染された部屋を出て10日もすれば、時間を逆行してあの輝かしい季節が再びやって来るかのように思える。

モニターを眩しそうに見ている私に、彼女が言った。「なんだか羨ましそうだね」
「そう見えるかな?」
「ああいう夏休みを過ごしてたようにも、過ごそうと思ったことがあるようにも見えない」
と呆れたように彼女は僕の真っ白な二の腕をまじまじと見た。

もちろんそれは事実だ。だが、僕だって、彼らのような馬鹿騒ぎや高揚や、一瞬の恋に憧れる気持ちがないわけではなかった。ただ、そこに踏み込む勇気も機会もなかったというだけだ。

僕らはスーパーマーケットの喫煙室を出て、今夜の食事を買い込むことにした。大豆タンパクのプロテインと大量の牛乳。オレンジ。炭酸飲料。僕が次々とカートに放り込むものを見て彼女は呆れたような顔になった。「痩せたいのか太りたいのかどっちなのよ?」
「どっちでもないよ」と僕は答えて、カートを彼女に委ねた。自分のものは自分で買えというつもりだったが、結局のところ彼女も放り込むのは出来合いの惣菜ばかりで、自分で料理をする気はなさそうだった。ただ、少し迷った末に千切りキャベツを放り込んだのは、彼女なりの見栄なのかもしれなかった。



彼女が家にやってきたのは3日前のことだ。仕事が遅れに遅れマイルストーンはおろか、納期すら怪しい気配になっていた。元はといえば、分散ストリーミングサーバーとWebカムシステムの自作などという仕事をたった一人で片付けさせることが正気の沙汰ではないのだ。僕はスケジュールがどれだけ遅れようがクライアントに悪びれた様子を見せなかった。この仕事はソフトウェアエンジニアリングの革命であり、偉大なチャレンジなのだ、とまではどうせ理解されないので言わなかったが、「難しい部分に手間取っている」とだけ答え続ける僕がクライアントに与えた印象は異なったもののようだった。ようするに僕が時間を無駄に浪費していると考えたのだ。

そこで、彼女が家にやってきた。僕がネットサーフィンで時間を潰すのではなく、本当にプログラミングをしているのかをずっと監視するためだ。
「ずっと?」
と僕は尋ねた。
「そう、あんたが寝てようが風呂に入ってようがずっとね」
僕は溜息をついた。信用されないことにはなれている。だが、こういう手が使えるクライアントであるということを忘れていた自分に呆れたのだった。
「それから、私、下のほうはだめだから。堕ろしたばっかりだから」
と言って、何のことわりもなく、カウチソファに足を投げ出した。
彼女がセックスのことを言っているのに気づくのに時間がかかった。僕は面倒な説明をできるだけ簡潔に済ませることにした。
「心配しなくていいよ。パキシル100mgにジアパゼム150mg飲んでる人間にそういう能力はない」そもそも好みでもない、と付け加えるのはやめた。
彼女は持参したファッション雑誌から目を離さずに眉をすこしひそめて言った。
「そりゃ結構」