megamouthの葬列

長い旅路の終わり

笑えなければ沈黙するしかない

最初から断っておくとこの文章に読む価値はない。
どうにも心のわだかまりが消えぬので、書いてしまおうと思ったのである。だから読んで楽しいものではないことは承知で、書いている。

憂鬱の原因はピエール瀧の逮捕である。
こう書くと実に間抜けに見える。ピエールで瀧で、逮捕である。PVか何かで電気グルーヴが法廷で死刑判決を言い渡されるシーンがあったが、それと同じぐらい滑稽な字面である。

好きなアーティストが逮捕される、というのは世間的に見てもそう珍しいことではない。マッキーも岡村靖幸も薬で捕まったし、マッキーはともかくとして、岡村靖幸はけっこう好きだったので、経験したことのない体験かというと、そうでもない。

でも、ピエール瀧の逮捕は、自分の中では意味合いが異なっているのである。
なにしろ、私はとりわけ電気グルーヴというバンドを愛しているし、彼らの生き方そのものに影響を受けてきたからである。

*

私が度々言及する「クワイエットルームにようこそ」という映画がある。
出来れば視聴をおすすめしたいが、せめてあらすじぐらいは、他のサイトで見ていてほしい。
以降この映画を知っているものとして書く。

私はこの映画をうつ病で会社を退職して、何もせずに部屋でゴロゴロしている時期に見た。ソファに寝っころがって、酒(ワンカップ)をチビチビやりながら見た。
松尾スズキだし、メンタルヘルスを扱ったブラックなコメディだと思っていたからだ。

この映画は、途中まで軽快に進んでいく。
内田有紀演じる佐倉明日香が、自殺未遂と間違えられて精神科の閉鎖病棟に入れられ、松尾スズキの悪意の込もったユーモアで彩られた、精神病棟のドタバタが続く。
悲劇でもなんでも、全てを笑ってしまえ、というおなじみの価値観が通底していて、私は安心して所々で挟まれたギャグで笑う。

しかし、佐倉がオズの魔法使いのドロシーの靴を履いて目覚めるところから物語が急変する。

両足の靴をコツンコツンと鳴らすところから、オズの魔法が始まるように、彼女がこの靴を手にした時、彼女の犯した罪が一気に暴かれていく。
大竹しのぶ演じる西野の完全に常軌を逸した絶叫に、私は青ざめる。

佐倉の入院は主治医の誤解ではなかった。彼女は本当にオーバードースしていたし、その理由は当然ながら、全く笑えるものではなかったのだ。

全ては笑えるものではなかったのか?
将来の見通しもなく、薄暗い部屋で酒を飲んでいることだって、何でも笑ってしまえばいい、そうではなかったのか?

そんなわけないでしょ。

ふと真顔に戻った松尾スズキの横顔が浮かんで、腹のあたりがズーンと重くなって、私はそれ以上酒をすすめる気を失くしてしまった。

*

見ようによっては、何でもおもしろい、だから笑いとばしてしまえ。
というのは、この生きづらい世の中でやっていくために、私が編み出した処世術、この世界との関わり方の、核心に近いものだった。

そして、それを体現していると私が思っていた人が、(本人の実際とは別に)電気グルーヴ石野卓球ピエール瀧だったのだ。

コカインをやることなんて、大したことじゃない、という見方もあるかもしれない。私の大好きなマニュエル・ゴッチングなんて、レコーディングの最中にドラッグをやっていたわけだし。ドラッグをやってるアーティストは海外にもゴマンといるわけだし。

でも、そういう事ではないのだ。

なぜなら、私がちっとも笑えないからだ。
コカインやって逮捕というのは、道徳的にも社会的にもダメとか、逮捕したり大騒ぎするほうが悪い、とかそういう問題ではなくて、ただ、みっともない。

護送されるピエール瀧の顔をTVで見て、何も言えなくなってしまう自分に、驚くほどに脆い土台に立っていた自分に、ただ愕然とするのである。
そして、心の中で「クワイエットルームにようこそ」の西野が、あの加虐の悦楽に満ちた顔で

「みんな不幸になったぞ!ほらどうした?笑えよ!おもしろいって言えよ!」

面罵するのが聞こえるのである。

*

笑えない。ちっとも笑えないよ瀧。
世の中にはどうしても笑えない事がある?
知ってたよ。そんなこと知ってたに決まってんじゃん。

あんただって知ってたんだろ?だからやるべきじゃないとか、そんな馬鹿なことは言わないよ。
俺が悪いんだよ。あんた達がやってることを勝手にかっこいいと思ってた俺が悪いんだよ。
わかってるよ、そんなこと。

あーあ。明日からどうすっかな……