megamouthの葬列

長い旅路の終わり

底辺IT企業は『書けない』プログラマとどう向き合ってきたか

新年から夢のない話で申し訳ないのだが、表題のとおりのテーマである。

note.mu

という記事があって、むやみに長いので飛ばし飛ばし読んだ。
大意としては、世の中には「書けない」プログラマというのがいて(元エントリでは学生さんのようである。さもありなん)そういう人はどうやったって書けるようにならないんだから、諦めろ、という話のようである。

で、じっと手を見て、下請け底辺のIT企業にいる私たちは、このような人々をどうしてきたろうか、と考えると、「放ったらかし」にしたなあ、と思うのである。

最初のほうは優しく教えていたと思う。話したりハンズオンしている時に、あっこの子、変数のことわかってないな、と感じたら、ホワイトボードを持ち出してきて、例の"x"と書いた箱の絵に矢印を引いて、値が入っている図を書いて、「わかった?」「あ、はい」みたいなやり取りをして終わり、という程度の「教育」である。
だが、そんな程度の教育も最初の年の10月ぐらいまでで終わる。
年末が近くなってくると大量の案件が入ってきて、そんなこともやってられなくなる。
ベテランプログラマでも困るような雑な投げ方で案件を振って、出来たらヨシヨシ、出来なかったら、ハイハイとばかりに全部書き直して納品。という具合に「放ったらかし」にしてしまう。

で、そうするとどうなるか、という話であるが、たいてい辞めてしまう。一身上の都合で、年度末をもって退職いたします、という話になる。
正直言って、何の意外性も感じない。そりゃそうだろうな、って思うもん。

当人からすれば、右も左もわからない中、パソコンをあてがわれて、入門書を読んで、そりゃこの通り書けば動くけど、なんで動いているのかはわからない。という状態で放置されて、初対面で忙しそうにしている先輩にも声をかけづらくて。そもそも何を聞けばいいかもわからないのだし。
それでもなんとかヨチヨチ歩きでプログラムを書こうとする。振られた要件を聞いてもどうすれば実現するのかさっぱりわからない。苦し紛れにググったら、コードが出てきたのでコピペする。そのままだと使えないので、ちょっと変えてみる、ああ良かったまだ動くぞ。という具合に書いていると、今度はもっと難しい仕事がやってくる。

日が短く、吐く息が白くなる頃。ようやくたどりついたオフィスで、死にそうになりながらググり&コピペで書いても、全然思ったように動かない。そもそもペーストしたコード片の意味がわからない。調べようにも時間が足りない。春先のんびりしたのが悪かったのかな、それとも、自分は深刻に頭が悪いのかもしれない。と罪の意識が強くなっていく。先輩は殺気だっていて、何も聞ける雰囲気ではない。それでも一人で、徹夜して奮闘して、何か一つぐらいは掴めて、ようやく光明が見えてきたと思ったら、「納期だよ~」と先輩がやってきて、仕事をかっさらっていく。
呆然としていると、苦労して書いたif文とforループをみるみるうちに消されて、$.Deferredとかuse Symfony\なんとか、よくわからない単語の入り混じったプログラムに変えられる。

俺って、居る意味あんのかな?

って思う。思うよね?

そういう事を私たちはしてきました。すいませんね。本当。いや、こんな軽い感じで謝られても困るとは思うよ?でも、おじさんたちにも事情があってね……という言い訳も長くなるし、何の慰めにもならないと思うからしない。

実際、若者を潰すことにかけては散々なことをしてきた自覚はあります。おじさんたちは地獄に落ちるだろうから、それで勘弁して欲しい。

で、ここまで読んだみんなに、こんなことやってて何になるんですか?という疑問が湧き上がっていると思う。次から次へと若者をとって、新人研修もしないで、OJTとか言っていきなり最前線に送って、はい死にました。残念です。また募集かけなきゃ、みたいな。こういう負のループを繰り返して、何になるんですか?って。

何にもなりません。そうやって、限りある人的資源を少子高齢化の我が日本から次々と収奪しては潰しているのが底辺IT企業でございます。としか言いようがない。すごく遠い視点でこの光景を見れば、若者からあらゆる可能性を奪って、何とは言わないが、本人がやりたがらない仕事につかせて、貧困層に叩き落とす大きなメカニズムが見えたり見えなかったりするかもしれない。自覚的にしろ、そうでないにしろ、私たちは皆同じような業を背負っている。そりゃ地獄にも落ちるわな。

一応言っておくと、この蠱毒みたいな地獄で生き残る奴もいる。そういう人間が、プログラムに関するすごい知見を有した向上心の塊みたいな俊英かというと、そんなわけはない。
この術式から得られる人材というのは、どんな要件に対しても、ググり&コピペで向かい撃つ、素手で熊を殴り続ける、よくわからないグラップラーのような存在でしかない。

で、これが重要な話なんだけども、底辺IT企業が欲しいのはそういう人なのだ。案件があって、ふむ、これはサーバーレスでいきましょう。とりあえず、PythonAmazon Lambdaの経験のある、派遣さんの2人ほど見繕っていただけましょうか。みたいな事を言いそうなテックリード人材なんて全然いらないのである。だって、そんな派遣いねえもん。いたって高いもん。PHP経験3年以上。ぐらいじゃないと誰も来ないし、取れないから、そもそもテックリード自体が必要なくて、我が社は常に人海戦術、どんどん戦車の上に乗ってください、たまに轢き潰されてもキャベツ畑から引っこ抜いて来ますので、と平然と言える人間以外必要ない、というのが底辺IT企業のあり方なのである。

そういう意味では、タフネスとグラップリング能力の有無だけを選別する、この蠱毒にもそれなりの必然性があるということがわかると思う。スマートなソリューションの提案能力とか、技術的向上心とか、そういうの全然いらない。ただ、上から降りてきた仕事を、理不尽な変更を、安い単価で短い納期でやります。絶対無理とは言いません。という人材以外必要ないので、こういうふうになっているし、こうなってしまった。

だから、私もスタバに行く度に思うわけだ。あのコーヒー豆に貼ってあるフェア・トレードのシール。あれ、IT業界にもいるんじゃないかな、って。
このシステムの構築中に退職者も精神病罹患者もいませんでしたシール。それが貼ってあるべきだと思うんだ。ネタだと思うかもしれないけど、それぐらいのことをしないとこの業界も改まらないし、自分で、改める気なんて一切ないから。

とはいえ、最近の就職の売り手市場も極まってきて、というか底辺IT企業の実態がよく知られるようになってきて、こういうやり方をしている底辺IT企業はどこも人手不足になっている。人が足りない、というレベルじゃなくて、人がいないから物理的に出来ないよね?というレベル。
それでもアホな会社が受注するから、今度はベテラン・プログラマが駆り出されて、もう戦線が崩壊して、事業撤退するしかない。というのが実は去年の話で、今はそれでも生き残ったゾンビー(巽幸太郎風に)が何とかやりくりしている状況で、もうそれも3月末には成仏するんじゃないかな、と思っている。

なので、プログラムが書ける書けないに関わらず、底辺IT企業のプログラマになるのはオススメしないが、学歴もなくて、プログラムも書けないけど、なんか内定もらったから来春から聞いたことのないIT企業の開発部門です。という不運な方はこの業界の暗黒史を踏まえつつ、いのちをだいじに頑張っていただきたいと思う。

私からは以上です。


スラスラ読める Pythonふりがなプログラミング (ふりがなプログラミングシリーズ)

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