megamouthの葬列

長い旅路の終わり

Webディレクターだけど、異世界の開発会社に転生した -後編-

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の続き

宣言(マニフェスト

夕方、王宮から帰ってきた僕たちを、魔術師たちが心配そうに見ている。

あと9日。仕様はかなり簡略化されたとはいえ、この世界の王宮魔術師たちのスキルは未知数だ。皆の深刻な顔を見れば、それでもこのプロジェクトはそう簡単なものではないようだ。

緊張感の漂う会議室で僕は口を開いた。

僕「…というわけで、仕事は減った。それに向こうの運用担当者とも良好(?)な関係を結ぶことが出来た。これで後は君たち次第なわけだが…」

魔術師達の顔が引き締まる。

僕「僕は安心している。少しばかりやり方を工夫する必要はあるけど、きっと残業はしなくてすむ。というよりしないで欲しい!」

魔術師たちがどよめく。どちらかというと戸惑っているような様子だった。ジャイムも不思議そうな顔で見ている。

僕「残業しても仕事が多くできるとは思わないで欲しい。むしろバグを作ったり、質の低いプログラムを書いてしまう。
だから、みんなの目標はちゃんと寝ること。注意深く、思慮深く、そして楽しんでプログラムを書くこと」

魔術師達は顔を見合わせた。それで大丈夫なのか、そんなことをして、もしプロジェクトが間に合わなければ…

僕「このプロジェクトに僕の首がかかっていることは皆知っていると思う。」

魔術師達が一斉に僕を見る。下を向いていたエイダがピクっと動いた。

僕「でも、心配しないで欲しい。もしプロジェクトが失敗した時は…
さっさと逃げるつもりだから!」

軽い感じで言った。魔術師達の間でどっと笑いが起こった。なんだそういうことか。と彼らの間で緊張が解ける。
ただ一人エイダだけは、笑っていない。僕の嘘を。僕が決してそんなことをしない人間だということを彼女だけは感じ取っているのだ。

僕「本格的には明日から始める。だから今日は皆帰って良し!」



魔術師達はゾロゾロと会議室を出ていった。
僕とジャムス、そしてエイダだけが会議室に残った。エイダの顔は相変わらず暗いままだ。

エイダ「きっとあなたがそう言うなら、大丈夫なんだろうけど…」

僕「どうだろうね。もしかすると、危ないかもしれないけど」

エイダ「っ!じゃあどうして残業するな、なんて言うの!逃げたって公爵やフリーダは地の果てまで追ってくるわよ!」

僕「もちろん逃げるつもりなんてないさ。ただ、今はできるだけ彼らにプレッシャーを与えたくないんだ。プレッシャーは仕事の大敵だからね」

理屈はわかるけど…エイダは下を向いてブツブツと言った。

僕「僕達だけが残って仕事するのを見せるのも無しだ。きっとそんな事をしたら、彼らも自然と残業するようになる。
だけど、僕らの仕事はきっと、業務時間中には終わらないだろう。こっそりどこかで仕事ができればいいんだが…」

ジャムス「それなら近くの『金色の馬亭』がいい。俺の馴染みの酒場兼宿屋だ。話を通せば部屋ぐらい確保できる」

僕「それはいい。じゃあ早速行こう。ジャムス案内を頼んだよ。」

僕達は仕様書の束をとって、会議室を出た。


あの…と、横から気弱な声をかけられた。見るとデザイナーのエルフが廊下でもじもじとしている。

エルフ「応募フォームのコーディングだけ先にやっておきました…必要になると思って」

僕「あ、ありがとう。助かるよ」

エルフ「…私が遅れたせいで、あなたが首を刎ねられるかもしれないから…」

僕「そんなことを心配してくれたんだね。大丈夫。きっと間に合うから」

僕は16歳ほどの外見をしたエルフの頭を撫でた。エルフが顔を赤らめる。

エイダ「あのさぁ…その子、あなたより年上よ」

僕「え」

エルフ「今年で36歳になります…」

僕は混乱した。

全力疾走(スプリント)

翌日の早朝から僕達3人は会議室に集まった。データベース設計や、フォーム応募処理など、先に仕上げなければならない設計は『金色の馬亭』で済ませてあった。

僕達は、そこから魔術師達に割り当てる作業(タスク)を小さな紙に書いて次々と会議室の黒板に貼り付けた。

出勤してきた魔術師達は黒板に大量に貼られた紙を見て驚いた。

僕「ここからそれぞれ好きなタスクを選んで欲しい。紙をとったら自分の名前を担当者として下に書いておくこと。
連携したいタスクがあったら担当者と直接相談してほしい。終わったら紙をそこの箱にいれてくれ。
取ってはみたものの、もしタスクが手に負えないと思ったら、僕たちに相談すること。」

黒板の端には、今回の一連の作業で出来上がるシステムで実現できる、ユーザーの一連の操作、シナリオのリストが書いてある。

僕「タスクが全て終わったら、シナリオは全て実現できる筈だ。実現したシナリオは×で消していく。最終的にはこれらのシナリオに全て×が書かれたら、君たちの仕事は終わりだ」

原始的なやり方だが、チケット、カンバン方式というわけだ。
最初は戸惑っていた魔術師達も、自分の力量に応じて、または楽しそうなタスクを自発的にとっていった。
ジャムスは張り切ってタスクを見渡して一番目立つタスクを他の魔術師を押しのけて得意げに確保していった。

エイダ「私は何をすればいいの?」

僕「エイダと僕は完了したタスクのチェックだ。コードを精査したり、単体でテストして、問題があれば担当者にフィードバックするんだ」

皆がバラバラに作業することになるので、僕は大魔法院のサーバーの一つにgitのbareレポジトリを用意した。タスクには名前が付けられているので、皆はそれぞれのfeatureブランチで作業を行い、コードレビューやテストが終わると、僕達がmasterブランチにマージするのだ。

開発は順調に続いた。
どうやら魔術師達はちゃんと帰っているようだ。個人差はあるが全般的に良質なコードだった。時にはこちらで想定していなかった例外や仕様の不備を指摘するメモが箱に入っていたりもした。
僕達は昼は会議室で、夜は『金色の馬亭』の質素な部屋で、コードレビューを行い、バグを見つけたり、未実装の部分の設計を練り直し、翌日黒板に張り出すタスクとシナリオをまとめていった。


数日後、魔法院の会議室に従者を連れてフリーダが入ってきた。

フリーダ「相変わらず、むさ苦しい場所ね」
とフリーダは手で顔を仰ぎながら言った。

エイダ「むさ苦しくて悪かったわね」
敵意をむき出しにして言う。

フリーダ「まあいいわ。で、呼び出した理由は何?」


僕「ひとまず出来上がっているシステムを確認してください」

フリーダ「まだ完全には出来上がっていないのでしょう?」

僕「はい。しかし、一部は出来ておりますので、確認を」

フリーダ「ふーん。何だか奇妙なやり方ね」

訝しがりながらフリーダはシステムを確認する。そして、ボタンの配置や運用者が間違えそうな操作を見つけると目ざとくそれを指摘した。
僕はそれらをメモすると、修正タスクとして黒板に貼り付けた。

フリーダ「この黒板は何なのですか?」

僕「いわば、仕事の割り振りをするものです。それよりも、こちらを見ていただけますか?」

とシナリオを見せる。仕様書よりも、運用者の手順を物語風に書いたシナリオは格段にわかりやすいのだ。

フリーダ「この、『義勇兵を途中で辞退した場合』の取扱は少し困りますわね。データベースから削除するのではなくて、一度使いの者に説得に向かわせる必要がありますから。一度『説得』ステータスにしてもらいたいところね」

僕は、すかさずシナリオを変更した。そんなの要求仕様にもなかったじゃない、とエイダが隣で憤慨している。

言いたい放題、修正指示をするとフリーダは帰っていった。


エイダ「こんなのを続けていくの?キリがないわよ」

僕「いいんだよ。どうせこういう作業は納品後に必要になる。それだったら作る前に修正できたほうがいいんだ」

エイダ「あなたって本当に無駄を嫌うのね。こんなの出来ていなくても責任を問われることはないわよ」

僕「君だって、仕様がひっくり返された時に悔しい思いをしたことはあるだろう?」

エイダ「何度もあるわよ!貴族や王族ってのはいつも勝手なことばっかり言うもの」

僕「僕もある。その度に、どうして設計の段階で言ってくれなかったんだろうって思うんだ」

エイダ「実際に画面が出来上がってなかったら、わからないのよね。あいつらって」

僕「専門家じゃないからね。だからこうして小まめにコミュニケーションをとるんだ。システム開発のほとんどはコミュニケーションで出来ているんだよ」

そんな事、考えもしなかったわ…エイダは誰に言うでもなく呟いた。


黒板のタスクの紙は、魔術師達が取っていっては、バグや、フリーダのワガママが発生する度に、補充されていったが、やがて消えるペースのほうが早くなり、今はまばらになっている。

シナリオには次々と終了の×印がついていく。会議室に入ってくる魔術師たちは、その黒板を何度も見返して、進捗が順調に動いていることを知り、満足そうな顔をした。

チームがどんどん一つになっていく。僕は、仕事の合間にそんな様子を目を細くして見ていた。
きっとこれこそが僕の望んだ世界なのかもしれない。感慨と疲労が僕を幸福なまどろみに誘っていく。

納期まであと2日、僕とエイダの睡眠時間も大分短くなっていた。
しかし、最後の結合テストや、設計の確認、やるべきことはまだまだあった。

今夜は徹夜かもしれないな。眠い頭で僕は思った。

納品(デリバリー)

管理画面のシステムテストを行っていたところまでは覚えている。
納品日の早朝、ささいなエラーメッセージの間違いを見つけた僕はそれをタスクとして書き出そうと、羽ペンをとりだした。

しかし、言葉が出てこなかった。あれ?僕は何を書こうとしていただろうか。
疲労の中、僕はしばし止まる。
小さくちぎられた羊皮紙の束、完了したタスクが満載された箱。
それらがぼんやりとした視界に包まれ、上から暗闇がやってきた。
そうか、眠いのか。そう言えば、しばらくロクに寝ていなかったな。
記憶はそこで途絶えた。



『金色の馬亭』の部屋で、僕は目を覚ました。窓からは傾いた日が指している。この部屋には朝日は入ってこない。
なら、今は…

僕「しまった!」

寝過ごしてしまったのだ。よりによって納品日の一番大事な時に眠ってしまった。今は何時だ。いやもう夕方になっている。
僕はすぐさま起き上がろうとした。

エイダ「慌てないの!納品作業なら私がやっといたわよ」

ぐいと押し下げられた。寝ている僕の顔をエイダが近くで見下ろしていた。
頭が温かく、柔らかいものに支えられていることに気づいた。


今、僕はエイダの膝の上で寝ているのだ。


僕「!」

エイダ「フリーダが言ってたわよ。ここまで使いやすいシステムは初めてだって」

エイダは満足そうに微笑んだ。一泡吹かせてやったような痛快な表情も浮かんでいるように思えた。
いや、そんなことより

僕「な、ななななんで膝枕!」

エイダ「なんでって…寝ているあなたを起こしに来たら、勝手に寄りかかってきたから」

僕「ご、ごごごごめん。すぐ起きるから」

エイダ「いいのいいの。寝てなさい。私もなんだかお母さんになったみたいでおもしろいから」

気まずい沈黙が続いた。


エイダ「きっと、あなたの世界ではみんな楽しく仕事しているのね」

窓の外を見ながらエイダが言った。外からは、日が沈むまで精一杯遊び続けようとする街の子どもたちの声が聞こえてくる。

僕「そうでもないよ。どちらかというと逆かな」

エイダ「どうして?あなたのやり方は全部間違っていなかったわ」

僕「上手くいかないことのほうが多かったよ。
あっちでは公爵様やフリーダみたいな物分りの良いクライアントもいなかったし、プログラマも人手不足で、タスクを作ってもちっとも追いつかない。上司の役割は主にプレッシャーを与えることで、僕達はずっと馬車馬のように走らされていた」


僕「僕は全部逆をやったんだ。正しいと思っていたことを。ただそれだけなんだ」

エイダ「でも、成功したわ」

僕「エイダと魔術師達のおかげだよ。それに運もあったかもしれない」

エイダ「そうね。運良く私に膝枕してもらってるものね」

僕「だ、だだだから、もう起きるよ!」

エイダ「いいのいいの」


部屋の扉が勢い良く開いた。ジャムスが飛び込んでくる。

ジャムス「おい!大変なことになった!って…」

僕らのほうを見て目を丸くする。

エイダ「ち、違うの!」

僕「そ、そう!」

僕らは跳ねるように飛び上がった。

ジャムス「邪魔じゃなけりゃよかったけどよ…そんなことより!」

ジャムスの血相が変わっている。何か深刻なことが起こったようだ。
もしや納品したシステムに何か問題があったのか。

想像して青くなった僕にジャムスが言った言葉は予想外のことだった。


ジャムス「イストリアの魔族連合が動き出した!
軍勢を集結させてこっちに向かってきている!すぐに戦になるぞ!」



「インフラエンジニアだけど、異世界の開発会社に転生した」に続く…のかな?