megamouthの葬列

長い旅路の終わり

電通のビジネスはなぜ嫌われるのか

久しぶりなので、どうでもいい話をする。
大昔、たまたまつけたTVに『ですよ。』という芸人が映っていて、漫談というのかコントというのか、お笑い番組だったから、とにかくひょうきんなことをやっていた。
どういうものだったか、書くのも面倒なので、Wikipediaを引用する。

「『ですよ。』この前〜階段の途中で座り込んでるおばあちゃんがいたから、上まではこんであげたんで・す・YO!」
「そしたら〜SO!おばあちゃん下におりたかったみた〜い。上にもどっちゃった〜」
「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」

お笑い評論家じみた人というのが私は大嫌いなのだけど、まじまじと、この芸というのか、彼の一連の行動を目の当たりにして、しばし、絶句してしまった。
おもしろい、とか、おもしろくない、とか、洗練されている、そうでない、とか、なんかそういう問題ですらなくて、何か奇妙な、としかいいようのないストレンジなことが行われて、それが自然に、問題もなく、現実世界で放送されていることが、どうしても納得いかなかったのだ。

翌日、大学の部室で後輩にこの衝撃的な体験について話した。
「昨日、TVで『ですよ。』を見たんだよ」
「ああ、なんかいますね」
と、後輩は松本大洋の漫画を読みながら、落ち着いた声で言った。
「あれ、何?」
「何?ってどういうことですか。エンタ芸人でしょう」
と後輩は一瞬視線をこちらによこした。

私はエンタ芸人という言葉を知らなかったが、昨日の体験と合わせて、ようするに一般的な芸人ではない、という意味だと解釈した。
「あれっておもしろいの?」
「僕はおもしろいとは思いませんが・・・・・・」
「俺ねこれ、実験なんだと思うのよ。電通の」
と本題を早口で切り出した。

後輩はまったく興味を示さずに、漫画を読み続けている。私は構わずに続けた。
ーーTVで絶対におもしろくないネタを放送する。ウケる必要はなくて、笑い声はSEで後から合成できる。こうして、TVによって「この芸で笑っている人がたくさんいる=この芸人はおもしろい」というイメージを作り上げる。もし、『ですよ。』に人気が出たとしたら、これは完全にTV放送の効果であることが実証される。これによってTVメディアの価値が確かめられ、電通はこのスキームを色々な企業に売り込むことで利益を得るーー

「『ですよ。』という芸名がさ、ポイントなんだよ。わかる?」
と、私はさらに熱を込めて言った。後輩は諦めたのか、漫画本を開いたままテーブルに乗せると、変わり者を自称する同級生のライブペインティングを見つめるような視線を私に合わせていた。

「『ですよ。』ってさ、名詞じゃないでしょ?いろんな文章の最後にでてくるじゃない?だからGoogleで検索してもひっかからないんだよ」
「はあ」
「つまりさ、この実験はTVの実験なんだからさ、ネットの影響力はできるだけ排除して計測したいわけ。だから『ですよ。』なんて芸名でやってるんだよ!そもそも芸人かどうかもわかんないよねっ!劇団員か、なんかにやらせてんのかもしれないよねっ!」
と私は自説を締めくくった。
後輩はようやく私が黙ったので、諭すように以下のような意味のことを言った。

  • 電通はそんなに暇ではありません
  • 芸人志望者なんて山ほどいるんだから、わざわざ劇団員におもしろくもない芸をさせる必要もありません
  • TVの影響力を統計的に測る良い方法があります。視聴率っていうんです。知ってます?
  • ところで授業には行かないんですか?

そして、後輩は松本大洋の青春物語に戻っていき、私はというと、なんだか惨めな気持ちになって、古き良き2ちゃんねるのスレッドへの帰り道を探しはじめて、デッカちゃんは見渡す限りの草原の真ん中で元気良く太鼓を打ち鳴らした、というわけである。

念のため、『ですよ。』本人と、そのファンの名誉のためにフォローしておきたいのだが、家に帰って『ですよ。』を検索したら普通にGoogleでヒットしたし、当時の小学生の間では「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」は結構流行っていた(らしい)。ついでに、最近になって、Twitterで、和室に『ですよ。』のファンが集まって、みんなで「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」をやる、というよくわからない動画を見た時はなんだかじんわりと暖かい気持ちになったので、今となっては、私の論説は完全な間違いであるし、『ですよ。』が一時代を築いた偉大な芸人であることに疑問の余地はない。


で、そんな話とは何の関係もない「サービスデザイン推進協議会」を巡る一連の話をしたいのだが、とりあえず、なぜかこの問題を血眼になって調べている東京新聞の記事がよくまとまっているので紹介したい。

www.tokyo-np.co.jp

とはいえ、ここで挙げられている論点は、当ブログで扱う範囲を超えているし、別に私の意見など誰も聞きたくないだろう。だから、

現時点でサ協や電通は4次下請け以降の詳細を明らかにしておらず、給付金業務に全部で何社が関わっているのか分からない。経産省は「末端の企業まで国が知る必要はない」(担当課長)として把握に消極的だったが、野党議員の再三の求めを受け、6月23日に「把握したい」と修正。少なくとも63社が関わっていると国会で説明した。

この「少なくとも63社」の話をしたいと思っている。いわゆる「商流の頂点が電通」である様々な会社のことである。

まず、電通というのはどんな会社か、ということなのだが、端的に言うと、「顧客が○○したいと言えば、絶対に○○させてくれる会社」である。
「日本でオリンピックを開きたい」でも「サッカーのプロリーグを作りたい」でも「ワニが死ぬタイミングでグッズ展開したい」でも、何でも、である。(あくまで例え)

何でそんなことが出来るのだろうか?明日私が、あなたの会社に訪問して、アタッシュケースから札束を取りだしながら「これで押井守に女子攻兵のアニメ映画を作らせろ!」と言ったとして、あなたの会社は対応できるだろうか?できないだろう。出来るわけがない。あなたの会社と押井守には何の関係もない。

だが電通なら出来るのである。私の石油王のコスプレにすっかり騙された彼らはすぐに社内に押井守と強力なコネクションを持った人間がいないか探し始める。多分すぐ見つかるだろうが、万が一いなくても問題ない。押井守と一緒に映画を作ったことのあるプロデューサーが昔世話になった映画会社の社長の息子などがほぼ確実に電通にいるからである。

世の中のコネクションの中で「昔世話になった人が頼んでくる」ほど強力なものはない。私のような無縁仏ですらそうなのだ、いやむしろ多方面に過去も今も継続的に迷惑をかけ続けている私なら、そんな存在は山ほどいる。高校の時に告白してきた女子で、なんか曖昧に返事をしてしまい、付き合うとも付き合わないともよくわからない状態ではぐらかしていたら、どんどん恥ずかしさが増していって必要以上に冷たくなってしまい、まったく口をきかなくてなってしまったあの子が現れて「あの時の仕打ちを許してやるからZoomみたいなアプリを10万で作れ」と言ってきたら命を賭してやるしかないではないか。

つまりは電通とはそういうコネクションの糸の大本である。金持ちの息子が電通にコネ入社するのではなくて、コネが電通に入社してくるのである。

そして、実務については東大、京大卒の実力入社組がいる。ただでさえ頭の良い彼らが鬼十則の勢いで、人権を無視されながらコネの束をぶん回してくるのである。普通に考えて勝てるわけがない。


で、その糸の先に様々な会社がいる。「少なくとも63社」のことである。電通の子会社を除くと、これは俗に言う「電通にアカウントのある会社」のことである。
このアカウントとは原義の通り「口座」のことである。つまり電通の支払先口座として自社の預金口座を登録している会社のことを指している。

なんのこっちゃ、と思うだろう。そんなの取引を開始する時に事務的に登録するだけの話だろう、と思うだろう。
違うのだ。電通経理部に取引口座を登録するには、先ほどの電通に入る社員とまったく同じ要求がある。
つまり電通は取引先に対しても電通が利用可能なコネあるいは、並外れた実力を要求するのだ。電通のビジネスを拡大するのに必要な社会的資本、あるいは東大エリート部隊と同等のパワーがなければ、アカウントを作ることはできない。
電通の案件を数多くこなした、そのへんの広告デザイナが独立して、馴染みの電通社員に挨拶に行っても、冷たくあしらわれるだけである。アカウントがないからだ。作れる余地もないからだ。そして彼らはだいたい元いた会社の下請けとして生きていく事になる。

この冷酷なシステムを維持するため、電通は取引先に相場以上の利益を約束する。社員の平均年収が法外であるのと同様、電通の取引先も、大変にうま味のある案件を貰えるようになっている。

世の中の一般的な感覚では中抜きを経由しないクライアントとの直接取引(プライム案件)が最も利益率が高いと思われがちなのだが、実際はそうではない。
プライム案件は意外と渋いのだ。担当者が発注先の業界に通じていれば(近年の人材流動化の高まりで、クライアント企業に業界経験者が多数潜り込んでいる関係で、そうである可能性は高くなるばかりだ)原価ギリギリまで値切られることも珍しいことではない。

一方で、前述のとおり電通や代理店案件は利益を積んでも積んでも受注できるシステムを持っている。コネとパワーで何でも実行でき、しくじっても丸々補填できるだけの資本を武器に、臆病な官僚や企業担当者から、利益を確保することができる。この一連の世界が「少なくとも63社」の世界である。


得意になって書いてきたが、こんなことは電通に関連する商流に身をおいていれば誰でも知っていることだ。一般にあまり知られていないのは、単に当事者たちが一切喋らなかったからである。関係する皆が利益の共有者で、その輪にどうやっても入れない者には、語っても無意味だったからである。ただの自慢話になってしまうからである。

しかし、今、「サービスデザイン推進協議会」の話題が、これほど人口に膾炙しているのを私は驚きを持って見ている。マスコミが平然とそれを報じ始めていることを意外に見ている。それは裏返せば、電通が分配してきた富が不足してきたことを意味している。ようするにこれじゃ足りないもっと寄越せと中の人間が言い始めているということだからだ。

思えば、ここ10年、あらゆる諍いは、分配する原資がなくなってきたことに起因している。年金が底をつき、社会保険料がうなぎ上りに上がっていくのも、それによって社会の閉塞感が増していくのも、全ては分配の元が減ってしまったことにある。

だからもう、これをどうにかするには、紙幣を刷るしかないのである。刷って刷って刷りまくって、公的なコネ的な実力主義的なあらゆる分配を行って皆を満足させるしかないのである。
もし、明日のパンの値段が1000万円になってしまったら、その時は、私たちは高らかにこう叫べば良い。「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」と。



女子攻兵 1巻 (バンチコミックス)

女子攻兵 1巻 (バンチコミックス)

オレオレ証明書を使い続ける上場企業をまとめてみた

あるいは私たちがPKIについて説明し続けなければいけない理由

Web屋のなくならない仕事の一つに「SSL証明書PKIについて説明する」というのがある。
世の中のサイトはだいたいhttps://というアドレスでつながるように出来ていて、httpsでつながるということは何らかのSSL/TLS証明書が必要だということだ。(さもなければchromeがユーザーに不吉な警告を発することになる)
証明書が必要になる度、同じ質問が繰り返される。「なんか全部値段が違うけど、どの証明書(ブランド)がいいの?」と。そして私たちは毎回困ってしまう。

エンドユーザーの立場で言えば、証明書が有効でありさえすれば、無料のLet's Encryptでも21万円するDigiCertグローバル・サーバID EVでも、Webサイトの利便性は何も変わらない。私たちWeb制作業者の立場でも、代理店契約でもしない限り、証明書そのものの価格は一定なので、高い証明書を買わせるインセンティブもまるでない。(強いて言えば、DV証明書でファイル認証できれば発行手続きが楽でいいなあ、と思うぐらいである)

証明書の価格が違うから、クライアントはさぞ違うのだろうと思っている。もちろん本当に違いはある。発行手続きの煩雑さや更新運用をどうするかという下世話なレベルで言うとかなり違う。それはそうなんだけど、例えばchromefirefoxが緑色の社名表示をなくしたご時世に、EV証明書である必要があるのか、と問われると、どうでもいいかもしんないですね、と思うし、互換性の見地で言っても、ガラケー時代ならともかく、最近なら証明書間に違いはないので、やっぱりどうでもいいと思う。もっと言うと、もうWebサイトなんてどうでもいいんじゃないですか?とも思うけど、それは言わないようにしてる。

たまに、ロードバランサーにインストールできる証明書はこれ、とか、うちのサーバーならこれ、とかホスティング業者に指定されることもある。あれ、どういう理屈なのかよくわからない。ビジネスの話なのか、技術的な話なのかもわからない。多分、業者の担当者もわかってない。
議論する元気もないから、はあ、そうですか、とだけ答えて言うとおりにしている。高額な証明書の意味合いが曖昧なのに加えて、技術要件かどうかまで曖昧である。いつもだいたいで証明書を選んでいる。

真面目にやろうとすればするほど、根源的な話をする羽目になる。SSL/TLS証明書とは何か?公開鍵暗号とは何か?PKIとは何か?DV、OV、EVの違いは何か?ユーザーがセキュアな接続を確認するようにするには?そこまで説明してゼイゼイしてると、最終的には「ふーん。じゃあ3万ぐらいのやつで」みたいな話で終わってしまう。むなしい。

みなさん○○を使ってらっしゃいますよ

と言えたら楽だなあ、と思った。
もちろん、みんなが使っているからセキュアというわけではない、のだけど、多くの場合「みんなやってるんなら、それがいいんじゃない?」という論理のほうが強いのである。残念ながら。

なので、上場企業のコーポレートページの証明書を全部調べればいいのではないか、と思った。
上場企業のHPを全部調べるのは過去、

www.megamouth.info

でやったことがある。

今回はEDINETから法人データをCSVでダウンロードしてきて、なぜか糸井重里が入っているのに笑ったあと、証券コードがあるものだけを引っ張ってきた。
EDINETのCSVにはコーポーレートページのURLが含まれていないので、そちらは証券コードを元にみん株からゴニョゴニョした。
で、URLにあるfqdnで、「公式サイトがSSL化されていないURL」も含めて、https接続を行い、証明書を取得した。
つまり、この結果にはhttps接続を想定していないコーポレートサイトのサーバー証明書」も含まれている。

以下が結果になります。

docs.google.com

DVかOVか?それともEV?

f:id:megamouth:20200116220811p:plain

証明書がDVなのかOVなのかEVなのかは、X509v3のExtensionにあるcertificatePolicies(CP)を見ればわかる。正確にはoidを見ればわかる。DVなら"2.23.140.1.2.1"だし、OVなら"2.23.140.1.2.2"である。
EVの場合は各社バラバラの複数のoidがある。どのoidがEVのCPなのかはwikipediaに一覧表がある。だが、『ソースはwikipedia(笑』と言われるのも嫌だったので、chromiumのソースからoidの一覧を生成して判別している。(あまり変わらなかった気もする)

で、結果としてEV証明書は上場企業の9.1%しか使ってない。わりとびっくりした。上場企業ってそういう見栄えにこだわるイメージがあった。逆にそういうところにコストをかけない、かける必要がないという選択ができるのも大企業なのかもしれない。

VeriSignの証明書はやっぱ違うよね

f:id:megamouth:20200116221409p:plain

昔、自社サービスをSSL化することになって証明書をどうするか、という話になって、当時はGeoTrustが安くて3万ぐらいだったろうか。だいたいそのへんが最安だったのだけど、社長が証明書つったたらVeriSignっしょ!って言って、15万ぐらい払って買って、もったいないので、せめてこれぐらいはと、ピカピカのサイトシールをサイトに貼った記憶がある。ありましたね、サイトシール。今でも貼ってるとこあるのかな。

X509証明書のissuerの項目を見れば、どこの証明書かはだいたいわかる。わかるけど、ブランド名まで特定できるわけではないので、なんとなく雰囲気で判別して集計した。よって、あんまり正確な結果ではない。
GeoTrustは今ではDigiCert(旧Symantecさらに旧VeriSign)なので、合わせるとDigiCert社の証明書が一番多いようだ。まあ、あれだけ買収してりゃあねえ。と思う。
個人的にはJPRSがそんなに流行ってないのが意外だった。あとLet's Encryptも5.8%ある。頑張れ超頑張れ。

オレオレ証明書を使ってるのは誰だ

で、ここまで真面目に読んだ方はタイトルが釣りだと気づいていると思う。ごめん。
ようするに、ここで言う「オレオレ証明書を使っている上場企業」というのは、正確には「コーポレートサイトにhttpsで接続されることを想定してないけど、ポート443をListenしていて、かつ、オレオレ証明書が入っている」上場企業のことである。issuerを見る限り、65社ぐらいあるようだった。
詳しくはスプレッドシートを見て、適当にhttps://でアクセスしてもらえばいいけど、警告を押し切って閲覧すると普通にhttpと同じコンテンツが見れたりする。あと、pleskとかcPanelの証明書が飛び出てくるとかもよくある(そちらはオレオレ証明書とは数えていない)
とはいえ、公式にhttps://のリンクがあるわけでなし、「警告が出てますが安全です」と公言しているわけでもないので、別に罪深いことでもない、と個人的には思っている。(かっこうは悪いし、そんなにお金ないの?とは思うけど)


今回は、某特任准教授(懲戒解雇)の言う、「90%安全な上場企業サイト」は9.1%しかない、ということを明らかにしました。
ではまた。


暗号技術入門 第3版

暗号技術入門 第3版

その暗き流れのほとりにて

奇妙な夢を見ていた。昔住んでいた子供部屋の窓から、降りしきる雨を見ている夢だった。
雨は随分前から降り続けている。外を見下げるとアスファルトに薄い雨の膜が出来あがっていて、濁った水が側溝の格子から際限なく運び去られていく。それでも雨の勢いが勝って、道路の上に出来た真っ黒な川は少しずつ分厚くなっているように見えた。
窓の外から目をそらすと、うす暗い部屋に古びた学習机が目に入った。小学生に上がった時に買ってもらったものだ。天板の上に貼られたビックリマンのお助け天使のシールが、灰色の光にひどく退色して見える。

この雨が止むことはないだろう、と何故かはわからないが、私は思い込んでいる。やがて黒い水が、軒下に達して、1階の玄関ドアからゆっくりと浸していき、リビングの絨毯を覆ったかと思うと、テレビ台に上がり、写真や土産物がおかれた棚の一つ一つを念入りに握りつぶしていくのだ。
それでも、おおよそ心の動きはなかった。鈍麻した神経が、動け、という意思を無意味な念仏のように聞き流していた。焦りや恐怖はなかったが、だからといって、諦めているわけでもなかった。ただ、諦めと逃避に導く見えない何かの意思を、私は鈍く認識していた。

窓の外で雨は一層激しさを増してきている。私は再び外に目を向けた。
……流れのほとりにすわり、嘆きと涙に……
不意に、意思の乏しい、ぼそぼそとした女の声が耳元でした。
私は振り返ろうとする。しかし、そこで目が醒めた。


目を開くと、カーテンから漏れでた朝日が天井に光の筋を作っていた。
階下で人が動いている音がして、私は久しぶりに実家に泊まったことを思い出していた。

鈍く痛む頭を抱えながら、高校時代から使っているシングルベッドに起き上がった。夢で見た場所に学習机はあった。しかし夢と違っているのは、そこにはホコリよけにカーテンを流用した安っぽい紫の布がかけられていることだった。
私は裸足にカーペットの感触を感じながら、学習机に近づくと、天板を確認しようと布をつかんだ。思いがけず手にじっとり冷たい感触があった。その布は今しがたまで霧の中にあったように、しっとりと濡れそぼっていた。

階下から大きな声で名前を呼ばれた。朝食が出来たことを告げる母の声だった。困惑しながら私は、布を戻して、階下に降りていった。


食卓には家族が揃っていた。正面に父と兄が横並びに座り、私の席は奥にあった。
「よく眠れたか?自分の部屋で寝たんだろ?」
兄は言って、新聞を傍らに置いた。父は何も言わずにその新聞をさっきまで読んでいたスポーツ新聞と取り替えた。
「何もかも昔のままだから、かえって落ち着かないよ」
私は味噌汁の入った椀を手に取りながら言った。
「あそこは母さんがそのまんま残してあるからな」
兄がにやにやしながら言った。

「時間は大丈夫かい?」
母が湯気のたった茶碗を人数分載せた盆を持ってきて、訊ねた。
「元の家よりは、ここのほうが会社に近いからね。少しはゆっくりできるよ」
私は答えた。
「早く、リノベーションっていうの?終わるといいのにね」
母はご飯の入った茶碗を皆の前に配り始めた。
「4人で朝ごはんなんて正月以来だ」
父が誰に言うでもなく言った。
「たまには嬉しいでしょ。お父さん」
と母が合わせた。父はそう言われても、無表情を崩さずに、また新聞の向こうに隠れてしまった。


遅めに家を出たが、会社に着いたのはいつもより早かった。
始業30分前なので、まだオフィスには人がまばらだ。
先に来ていた同僚に、珍しいな、と声をかけられる。
机の上に不意にお茶が置かれて、少し驚く。私はそれを持ってきた女子社員を見上げた。女子社員はきょとんとした表情をしている。ありがとう、と思わず言うと、彼女は少し首を傾げながら給湯室に戻っていった。

私は朝から続いている困惑を打ち消すように、同僚と話を続けた。家を改装中でね、しばらくは実家から通っているんだよ。
「高校以来、自分の部屋で寝てね。懐かしかったんだろうかね、変な夢を…」
「はは、そりゃ子供部屋おじさんだな」
話を途中で遮って同僚は言った。私の困惑はかえって深くなった。
「子供部屋お兄さんってのはいるが、お前のは子供部屋おじさんだよ」

子供部屋お兄さんというのは、いつまでも実家暮らしをやめられない、自立心のない最近の若者を指す言葉だ。しかし、どうにも「子供部屋おじさん」という言葉に聞き覚えがあった。何かのコメディアンのネタとして耳に挟んだのかもしれなかった。

携帯の着信音が聞こえた。マリンバの軽快なリズムでiPhoneであることがわかった。ブルーの安っぽい外装のそれに出た女子社員が、誰かと話しながら足早に廊下に走っていく。
iPhoneも、私には玩具にしか見えないが、女子どもには売れているみたいじゃないか」
「安いからね」
私は言った。同僚が机の上の資料をまとめながら言う。
iMac以来ヒット製品がなかったからな、アップルを買収したソニーもようやく一安心だろう」

始業時間になったので、私はパソコンに向かった。仕様書を作成する仕事があって、打ち合わせまでに終わらせたかった。
それにしても毎日、書類仕事が続く。今世界標準になっているのはNTT横須賀研究開発センターで開発されたYRPフォールダウンというシステムだが、この手法はマネジメント層の作業量は削減してくれないし、全体効率も悪かった。しかし、今開発している新しい携帯電話のプロジェクトを品質を一定に保ちながら進めるには、これ以外に方法がないのも事実なのだ。


午後の打ち合わせはTV会議だった。ISDN回線のスムーズな着信の後、大会議室にある50インチのNEC製ディスプレイが鮮明な映像を写した。繋がっているのはシンセン特別区国営企業の会議室だ。こちらの豪華な会議室と違って、無骨な会議机の前に一直線に不機嫌そうな顔をした中国人エンジニアが3人並んでいた。唯一笑顔を浮かべているのは、端に座る我社から出向している通訳兼ブリッジエンジニアの男だった。
中国人が怒りを抑えるような口調で長々と話し始めた。中国語はほとんどわからないが、昨日付けで変更されたモジュールのAPI仕様について言っているようだった。
ブリッジエンジニアは笑みを交えながら、彼の主張を私の上司であるプロジェクトマネージャーと和やかに話した。途中で、ビジネスの話になって、彼の希望するスケジュールの延長はなんとなく無視されてしまい、実際その通りになった。
ブリッジエンジニアに結論を伝えられた中国人は安っぽい椅子に乱暴にもたれかかると、マイクに拾われるほどの大きなため息をついた。無理もない。やり直しになるのは仕様書から自動生成されたテストを通過するコードを書くだけのくだらない仕事だ。そのうえ、我社から払われる金額の2/3は中国共産党の取り分になる。
それでもプログラマをやめないのは、農家よりはマシということなのだろう。
回線が閉じる直前に、中国人が荒々しく悪態をつくのが聞こえた。


会議が終わると、チャイムが鳴って、昼休憩の時間になった。今日は組合の放送があることを思い出した。組合員の男が、オフィスにあるSHARP液晶テレビの電源をいれる。
テレビでは、組合の幹部が順繰りに今後の労使交渉の方針などを政見放送のような勇ましい口調で語っていたが、大半のものは食堂に行ってオフィスからいなくなってしまっているし、残されたものも買ってきた食事を食べるのに夢中で、誰も聞いている様子はなかった。

演説が続いている間に、私も家から持ってきた弁当を広げた。母親の手作りだったが、食べるのは高校以来になる。
おや、愛妻弁当かい。と上司のプロジェクトマネージャーが声をかけてきた。彼は昼食をとらないが、それが若さを保つ秘訣だと言い張っている。
「家を買ったのはいいんだけど、近所の子どもがうるさくってかなわない。先週の日曜なんて、家の前でサッカーをするんだ。おちおち寝ることもできないよ」
と彼は女子社員が淹れてくれたお茶を啜りながら、言った。
「息子の通う中学は1学年に8クラスだよ。どうりで子どもが多いわけだよ」
私は、母の作ってくれた卵焼きを頬張りながら、愛想笑いをする。団塊ジュニアの愚痴の内容はいつも人が多い、ということに帰結してしまう。

その後は、明日に向けて仕様の突き合わせをしたり、外注へ急ぎでもない電話をして過ごした。夜の8時までは残業するつもりだった。そうすれば、とりあえず家計の足しになる。共働きしている同僚も多いが、うちの妻は専業主婦だから、手取り50万では少なすぎるのだ。

8時になったので、帰り支度を整えた。鞄を抱えると、底のほうが濡れていることに気づいた。慌てて鞄を開けてみると、弁当を包んでいる白いふきんが雨に打たれたように濡れていて、その水が鞄の底に垂れ落ちていた。


帰りの電車は空いていたが、正面に座った若者たちが騒がしくて、落ち着けなかった。彼らは最近NECがリリースした最新の携帯電話を持ってはしゃいでいる。複数のレンズを持っていて、多焦点の歪みの少ない広角撮影ができることがウリの製品だった。
当社の携帯がカメラの分野で後塵を拝しているの事実だが、この製品に関しては、何に使うのだろう、と不思議に思っていた。しかし登場してみると若者にそこそこ売れていて、どうもグループ対グループのTV通話がやりやすい点がウケているようだった。
NGNになって安くなったといえ、TV通話をすればパケット代が相応にかかる。彼らにとっては、限られたお小遣いで捻出するパケット代で全員が話せることが重要であるらしかった。

カメラの前ではしゃぐ若者と、カメラを持つ青年の作り笑顔を見ながら、私は根拠のない哀れみを感じる。


実家に帰り着くと、当然ながら夕食は終わっていた。炊飯器に残っていたご飯でお茶漬けをつくる。
深夜のTV討論番組では、老人が社会党の政策に対する見込みの甘さを痛烈に批判している。
mixi echo最強の論客ということで有名になった若い大学教授が、老人の言葉に鋭い反論をいれた。ほとんどの指摘は揚げ足をとっているばかりで、建設的なことは何も言ってないのだが、時々老人が答えにつまると、会場が湧いた。
見かねた司会者が、社会党の議員に話を振った。
その女性議員は70代に達した団塊世代が医療費を圧迫し始めている、という事実を淡々と指摘した。大学教授もそれには茶々をいれなかった。出生率の伸びを維持できなければ、年金を60歳で満額支給できないこともあり得るのだ、と。


暗い自室のベットに誰かが座っていた。
自分の実家に戻っている筈の妻だった。
「来てたのか」
「たまには顔を出さないとね」
妻はそう言って、私のベッドに無遠慮に横たわった。
「お母さんに晩ごはんをご馳走になったわ」
私は、なんとなくライトをつけないまま、学習机の椅子に座った。すぐに足元が濡れているのに気づいた。
ほこり避けに被された布が今朝よりも更に濡れそぼっていて、ぽたぽたと水が滴っている。

私は、布を取り去ろうとした。
「開けないで」
妻はきっぱりと言った。
「こっちに来て」

私は妻の横に体を横たえた。
ベッドのすぐそばの格子のついた窓から、墨を落としたような漆黒の空が広がっていて、半月が浮かんでいる。

雲ひとつなかったが、頭の奥ではさきほどから激しく雨の音がしている。

「ねえ、私、子どもが欲しいわ」

妻が私の腕の中で、半月に目を向けながら言った。雨音に混じる感情も意思もこもっていない声に覚えがあった。

私は返事をしなかった。
雨の甘い匂いにまじって、私の靴下に冷たい水が染みこんでくる感覚があった。
見なくてもわかる。それは雨だ。あの黒い川だ。あの暗い流れが、私を追いかけてきているのだ。

私は目を閉じて、あの部屋を想った。
雨と、誰もいない家と、何もできない自分と、剥がれかかったビックリマンシール
次に目を開けたとき、見えるのは妻と空に浮かぶ半月ではなく、半ば水没した空虚な部屋に違いない、という確信があった。

少しだけ時間が残っているようだった。まだ、この世界を感じることができた。

暗き流れのほとりにて
嘆きと涙に
私ははるかシオンを思っている。