megamouthの葬列

長い旅路の終わり

プログラマの奇妙な待遇

クソ雑魚フリーWebエンジニアである私は、求人サイトが見るのが好きである。

自分のスキルや経験を登録しておくと、中年の私にさえスカウトオファーが来るし、そこで提示される最高年収を見てほくそ笑んだり、たちの悪そうな人買い企業がユーザー企業に常駐させるプログラマをかき集めようとあの手この手で自社の魅力を訴えてくるのは微笑ましい。
昔は冷やかしで面接にまで行ったりしたものだが、よほどの好条件が提示されない限り就職する気はないので、最近はさすがに自重している。

そういう悪趣味を通して知ったことだが、プログラマの募集要項において以下のような記載が増えてきている。

  • 2台以上のディスプレイ支給
  • ハイスペックPC使用可
  • 開発はGitHub、CircleCIなどの最新の開発環境を用意
  • バランスボールに座って仕事しています!

などである。

しかしこれは奇妙なことに思える。

バランスボールはともかくとして、プログラマのデスクにどんなPC環境があろうが、開発体制がどうなっていようが、それは会社側の設備投資やワークフローの問題であって、プログラマの「待遇」とは言えないからだ。

例えば同様にPC環境や開発体制によって生産性が左右されるであろう、CADオペーレーターやデザイナーの募集要項に、このような記載がなされているのをあまり見たことがない。

この事から、プログラマというのは何やらモダンな環境を提示しないと集まらない、と企業は考えていることがわかる。

プログラマの待遇と給与

「待遇」というのは本来「給与」によって大半が決まるものだ。

正社員のプログラマの給与は、実のところそれほど高いわけではない。せいぜい、その会社の課長クラスと同じか、それより若干低い程度である。

それでも十分高いじゃないか、という声も聞こえてくるが、プログラマという特殊な職能と労働市場が決めていることなので、これはどうしようもないことである。
それに彼らは社内力学における「出世」というのをほとんどしないし、望んでもいないので、生涯賃金の期待値という意味で、それほど恵まれているわけではない、と言い訳しておく。

また派遣や、偽装請負などでやってくるプログラマの単価は高いので、そちらはさぞ沢山貰っているのだろう、と思う人がいるかもしれない。
だが、この単価には派遣会社などのマージンや、違法な多重派遣により、様々な会社が中抜きしている分が含まれており、末端のプログラマに渡るのは案外妥当な額になっているものだ。
(立ち回り方次第では、それらの中抜きをすっ飛ばすこともできるので、提示された単価を丸々懐に入れることも可能ではある。が、それは諸々のリスクと引き換えであって、契約内容によっては面倒なことになるので、私はあまりしない。なので実態はよくわからない)

スキルと給与

問題は、プログラマの「給与」がそのスキルとはたいして比例しないということである。

スキル向上に興味がなく、管理画面のページごとにPHPをベタ書きするような生産性が低いプログラマと、フレームワークを自在に使いこなし、一人でサーバー運用まで出来てしまうようなフルスタックなエンジニアの給与の差はせいぜい4~8万円程度、年収にして100万円前後だ。

プログラマの想像に反して、スキルがすごく高いので、年収1000万ぐらいもらっているという正社員のプログラマはほとんどいない。

普通、それぐらい貰おうと思えば、CTOなど、マネジメントも兼任するプレイングマネジャーのような立場にならなければならず、そうなると役員待遇で残業代も出ない長時間労働を強いられる事も多いので、まっぴらごめんだという人も多い。

シリコンバレーの企業のように、そのスキルに応じて、純粋にプログラミングだけをしているだけの社員が、高額の給与を得ているという例は、日本ではほとんど有り得ないのだ。

給与と付加価値

労働者の「給与」がどのようなメカニズムで決まるのか、経済学者でない私に迂闊なことは言えないが、少なくとも、プログラマーが作り出す「付加価値」が関係していることは確かだろう。

会社が稼ぎだす全体の付加価値はビジネスモデルであったり、営業力であったり、組織力によって作られる。

プログラミングによって構築されるITシステムがその会社の付加価値にどれほどの影響を与えるのか、というのは、ほとんどの場合、プログラマが決めることはできないし、ましてや最新のフレームワークや保守性の高いシステムを構築したところでそれほど付加価値が増大するわけではない。

プログラマには最低限、現状の組織に合致したITシステムを構築して多少の「効率化」ができればいいとされていて、その「効率化」した分と、労働市場の動向がプログラマの給与を決定していると言える。

そしてそれは、シリコンバレーと比較して惨めになるほど低い。

言い換えれば、日本の企業がシリコンバレーのそれと比較して低い付加価値しか生み出していないということでもある。

プログラマの待遇

以上の事情で、ほとんどの会社にとって、ITシステムが稼ぎ出す付加価値が低いために、プログラマの「給与」をそれほど上げることができない。無い袖は振れないということだ。

しかしどうせ採用するならスキルの高い、優秀なプログラマが欲しい。

ここで、一番最初の「奇妙な」待遇の話がでてくる。

つまりは募集要項を通じて、スキルの高いプログラマが喜びそうな「玩具」を提示して、「給与」で報いることのできない「待遇」を補完しているのである。

企業に、これらの「玩具」を募集要項に書いて釣れば良いと入れ知恵したのが誰かは知らない(どうせ求人サイトの営業あたりだろう)が、それらは明らかにGoogleFacebookなどのシリコンバレーの勝ち組企業から拝借されている。あちらではバランスボールに座って仕事することがCoolなんですよ、と。

しかし、それらを提示している会社の生産性がGoogleFacebookと比較してどうなのか、と考えれば、随分とプログラマだけに不相応な事を言っているものだという印象がある。


そもそも、日本はITシステムによる生産性の向上が国際比較で低い、とも言われる。

ITシステムが出来ること、つまりはシステム化によって全体の付加価値を増大させる余地は諸外国と較べてずっと大きいのである。
スキルの高いエンジニア。それも視野の広いアーキテクトがいるなら、ビジネスモデル全体を見直し、「IT化」によって会社の生産性や収益を根本から上げることも可能かもしれない。

しかし、それは往々にして、既存のビジネスモデルや組織の論理を破壊してしまうので、経営者はそんなシステムを歓迎しないし、それを実行させる権限をプログラマやアーキテクトに与えることもない。

なので、インハウスのプログラマは、今日もそれほど付加価値をもたらさないし、制作スキルも必要のないローカルな営業管理システムを作り続けることになっている。給与はそのままで。


いつの日か募集要項に、子供じみたPC環境の自慢や開発環境の提示がなくなったその時、初めてプログラマはそのスキルや視野の広さによって評価されるのかもしれない。

だが、その日はいつになっても来そうにはない。