megamouthの葬列

長い旅路の終わり

ITシステムは高橋まつりさんを救うことができたか?

最近、電通を始めとするネット広告界隈が騒がしい。

私は純然たるWeb屋で、しかもアプリケーションよりの人間なので、アドネットワークもネット広告業界の構造もさっぱり知らないし、電通社員様などという天上人の仕事ぶりなど、それこそ想像すら及ばない世界の話なのだが、

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ブコメなどを散見すると「ツールがあれば過労死するほど働かずにすんだのでは?」や「システムの導入すらできない経営層が」という論調がちょっぴり見受けられたので、

ITシステムは問題を解決しない

という業界での常識を、ここでこっそり書いておこうと思う。

ITシステムが問題を解決するという幻想

私のような半ニートのWeb屋にすら、たまに

「会社でこういう問題がある。これWebアプリ(or スマフォアプリ or クラウド)でなんとかなりませんか?」

と言った相談を受けることがある。

もちろん出来ますとも。見積もり?そうですな1000万ぐらいでしょうか。と答えても良いのだが、私も悪人ではないので、気が向いた時はこう言ってあげることにしている。

「その問題が、時間さえかければ、電卓と紙とペンで解決できる、というものでしたら、可能ですよ」

前々回ぐらいのエントリの話もそうなのだが、ITシステムは魔法ではない。さらに言えば、SIer屋などのシステム屋の仕事は本来「ワークフローの電算化による効率化」であって、あなたの職場の問題を解決することではない。

極論すると、ITシステムというのは、世界中に張り巡らされたネットワーク上で、人間離れしたスピードで、「電卓と紙とペン」を動かせる、と言ったものにすぎない。

例えば、「○月○日から広告を打ったが、それを見た人がどれだけHPに来ているのかわからない」ということであれば、「問題解決」に該当するのは

  • 特定時間帯におけるHPアクセスのうち、広告に関連するアクセスを抜き出して、集計する

ということだ。アクセスログはどのサーバーにも入っているので、それをダウンロードして、一つ一つ分別して、紙に抜き出しながら、最後に電卓を叩いて計算すれば問題は「解決」する。
もちろん、書いたとおりの作業は、パソナルームに監禁したリストラ候補者にやらせるにはいいかもしれないが、実際にこんなことを悠長に人間にやらせる企業はないだろう。

なので、我々は、アクセスログをパースし、特定のクエリがついたページリクエストのみを抽出して、集計するプログラム(ツール)を開発するわけだ。これが「ITシステム」である。

SIerが「ソリューション」と言う言葉を使い始めた頃から、どうにも、この「問題解決方法の提示(要件定義)」と「効率化(実装)」をセットで受注することが当たり前になってしまい、「ITシステムが問題を解決する」という幻想が蔓延している(し、業者側もその誤解を意図的に放置している)ように思える。

ついでに関係ない話をすると、この話で言うと要件定義の段階でSIerは「問題解決」という最もバリューのある仕事をしているわけであり、この要件定義=問題解決を行う上流の給料が、「効率化」の実装を行う下流に較べて高いのは、こうして見ると当然のことなのだ。
(が、実際には、上流のSEという名の営業は要件定義ごと下流に丸投げすることがほとんどなので、あいつらマジでなんでいるの?という話にもなったりするのだが、それは別の話である。)

電通はWeb広告にどう立ち向かったのか?

GoogleがWeb検索ポータルの覇権を握ろうかとしていた時代、当時の笑い話に、こういうのがあった。

ある日、電通の営業がGoogleに電話をした。「おたくの日本向け広告枠を全て購入したいのだが、幾らだ?」

この話が真実であろうとなかろうと、Googleは広告枠のグロス売りなどといったバカな真似はしなかった。代わりにGoogleは検索キーワードという無限に近い媒体空間に表示される広告をオークション形式で売り、掲出結果を自動的にリポートする、というビジネススキームをとった。
当時のメディアで様々に論評されているように、これはGoogleにとって完全に近い正解であり、それ以前のYahooのような情報ポータル型サイトの「広告枠」販売と比較して、遥かに高い利益率を叩き出すことになる。そして当然のごとく、後のアドネットワークビジネスもこぞってこのビジネスモデルを模倣した。

困ったのは電通であった。言うまでもなく広告代理店の最重要指標(KPI)は「広告掲出の人口カバー率」である。つまりその広告が、人口(A層、B層とかそういうセグメントでもいいが)の何%に届いたか、ということがクライアントに言えれば、広告代理店の仕事は完結するのである。

CMでは上手く行っていた。視聴率という統計的詐術めいた謎の数字を使用することで、CM放送回数やら視聴率を掛け算したり足し算すれば、「だいたい何%にリーチしました」ということは言えてしまうのであり、クライアントもそれで納得したのだ。

だが、その手法はネット広告では通用しなくなってしまった。

掲出回数は保証されないし、何より広告にリーチした人間の属性が視聴率のような誤差のある統計的数字でなく、事実として報告されてしまうのである。Googleなり、アドネットワークからのレポートを馬鹿正直にクライアントに報告したならば、「なぜこんなにリーチできていないのか?そもそも掲出数が少なすぎるのではないか?」と罵倒されるに決っているのである。

ここで電通は悪手をとる。全国ネットCM放送の広告代理店という立場を利用して、CMやその他の付随物としてネット広告を扱ってしまったのだ。つまり、CM制作や放送とWeb制作をグロスで受注する、という営業手法をとってしまった。

なぜここで、ネット広告を別扱いしなかったのか、例えば、ネット広告についてはコンサルティングのみを行う、といった事も可能だった筈だ。

CMとネット広告、相容れないモデルを同様の物として扱ってしまった結果として、電通のネット広告担当者は二つの選択を迫られることになったのである。

  • 現実の数字をごまかして、クライアントが納得するレポートを書く
  • 現実の数字をできるだけ、クライアントが納得する理想値に近づける

言うまでもなく、前者は、広告不正問題として顕在化し、後者は社員に過重な負荷をかけることとなった。
高橋まつりさんが、どちらの立場をとろうとしたのか、あるいは中道を歩もうとしたのか、それはわからない。ただネット広告を通常の広告商品の付随物として扱ってしまった時、既に悲劇の種はまかれたと言えるだろう。

(思いついてしまったので書くが、「じゃあCM流せるメディアをネット上に作ればいーじゃん」と考えたのが、古くはGYAO!であり、AbemaTVなのだ)

ネット広告掲出の問題を解決するシステム

ここで、最初に立ち返って、電通流ビジネスモデル上でネット広告掲出を自動化するようなシステムを思考してみよう。このシステムの要件を簡潔にシステム屋っぽく書くとするなら、以下のものになるだろう。

  • 一定の予算を入力として受取り、刻々と変化する広告価格に追随しながら、広告を購入。この際、最低掲出回数を確保すること。可能であれば、全体の広告掲出が事前に入力されたセグメントに最大限リーチするように掲出が行われるよう最適化されることが望ましい。

書いていて、わりと背中がゾッとする要件である。というより、これは要件ですらなく、クライアントの願望でしかない。

まず、「刻々と変化する広告価格に追随しながら掲出回数を保証する」のが無理ゲーである。
株式市場に言い換えれば「一定の予算を入れたら、ある業界の銘柄を一定数必ず買ってくれるシステム」だろうか。そんなものがあったら、世のトレーダーは大枚をはたいてそのシステムを購入するだろう。おまけにこのシステムは全体の広告バリューの最適化まで図ってくれるらしいのだ。

そんなシステムが構築できるとしたら、ネット広告の掲出管理などといったくだらない目的に使わず、少し応用して株式トレーディングソフトでも開発して、自分の資産を運用したほうがよほどいいのではないか。


確かにこのシステムは極論の最たるものであり、実際には、もう少し穏当なシステムが考えられるし、聞いたことすらないが、実際に欧米などでそういったシステムがあったりもするのだろう。

だが、そのどれもが、電通のCM時代のビジネスモデルで使い物にならなかった、ということは断言できる。もっと言えば、それらのシステムが強制するワークフローなり、レポートをクライアントは許容できないと判断したのだろう。


システムは人を救わない。人を救うのは人のみである


システム屋にとっては辛い真実だが、我々はこの言葉を真摯に受け入れなければならない。



※ここまで書いておいて悪いのだが、単なる私の妄想にすぎない情報が多々あるので、このエントリはあまり真面目にとらないでいただきたいと思う。正直に言うとネイティブ広告ハンドブックがどうとか言ってるクラスタにこのエントリが見つからないことを祈っている。最後に高橋まつりさんのご冥福をお祈りします。